昭和最強の将棋棋士、大山康晴15世名人と作家の故井伏鱒二さんの家は隣同士だった。大山さんは勝負を家庭に持ち込まなかった。敗因を分析し、自分を納得させてから家に入った。ただ、井伏さんは深夜に帰宅する大山さんの足音で「勝ち負けが分かる気がした」という▼1972年、中原誠さん(現16世名人)に敗れ、13連覇中だった名人位を失った時はどんな足音が響いたのだろう。以後、大山さんは中原さんらに2冠を奪われ、50歳を目前に無冠になった。「タイトルを奪われるのが勝負師の宿命。一挙に失い、さばさばした」と振り返った(『大山康晴 人生に勝つ』)▼第31期竜王戦で永世7冠の羽生善治竜王(48)が敗れた。27年にわたってタイトルを保持した「平成最強の棋士」がついに無冠になった▼通算タイトル数は前人未到の100期を目前に足踏みし、99期のまま。最近は人工知能(AI)将棋ソフトを使って棋力を磨く若手に苦戦が続く。しかし、一時代の終わりと考えるのは早計だろう▼大山さんは50歳から再出発した。ゴルフ、中国将棋…。過去の栄光と決別しようと何でも試みた。気持ちを切り替え、新人のつもりで戦い、驚異的なペースで勝ち星を重ねた。「負けることも大事」と語る羽生さん。まだ終わってはいない。(2018.12.23)