サッカー日本代表専属シェフの西芳照さんは言葉を失った。福島第1原発事故の約2週間後、職場のレストランがあるJヴィレッジ(福島県楢葉町、広野町)を訪れた時のこと。戦車や消防車が道をふさいでいた。自衛隊員が出入りし、廊下や階段で作業員が眠っていた▼「サッカーの聖地」と言われた練習場施設は、原発事故の対応拠点になった。芝生に砂利が敷かれ、駐車場や寮が整備された。使用済みの防護服は山積み。西さんは「復活するのは遠い将来だと思った」と振り返る(『サムライブルーの料理人 3.11後の福島から』)▼急ピッチで原状回復工事が進んだ。昨夏に主要施設の運営を再開、今年2月に女子の日本代表が10年ぶりに合宿をした。昔の姿に戻るまでの歩みを「奇跡」と呼ぶ人もいる▼「復興五輪」を掲げる東京五輪の開幕まで500日を切った。Jヴィレッジが聖火リレーの出発地になるという。事故後の無残な姿を思えば、復興の象徴としては最適だろう。ただ、聖火リレーは一過性の催し。Jヴィレッジはごく一部の復興の姿にすぎない▼原発事故の収束の見通しは立たないまま。五輪関連工事が優先された結果、被災地の復興は遅れた。復興から取り残された人はまだまだたくさんいる。そのことを忘れてほしくない。(2019.3.14)