元Jリーグ専務理事の木之本興三さんは難病に襲われ、余命5年と宣告された。1975年、26歳だった。「殺してくれ!」と叫んだ。腎臓を全摘出。妊娠中の妻との離婚を考えた▼週3回の人工透析を受けながら立ち直った。「サッカー不毛の地」と言われた日本にプロリーグをつくるため奔走。現在の日本サッカーの礎を築く。著書『日本サッカーに捧げた両足』で「毎日は働けない。その分、人よりも激しく生きた」と回想した▼木之本さんと同様に腎臓を患った44歳の女性は死を選んだ。東京・福生の公立福生病院で昨夏、医師から透析治療をやめる選択肢を示されたという。中止は死を意味する。透析で苦しんでいた女性は中止を選び、1週間後に死んだ▼苦痛の中で冷静な判断はできたのだろうか。女性は亡くなる前日、「また透析しようかな」と語った。病院では約20人が最初から透析を受けないことを選び、死んだとの情報も。都や透析学会は病院の対応に問題がないか、調べている▼2年前に死去した木之本さんは6千回透析を受けた。両脚を切断後もサッカー界に提言した。日本の透析患者は33万人。前向きに生きる人は多い。病院は死の選択肢を示すより、希望を持って生きるための手助けをすべきだったのでは。そんな思いが消えない。(2019.3.16)