細菌学者、野口英世の輝かしい業績の第一歩となった出来事がある。1899年、横浜港の検疫所に勤務した時のこと。米国船の船員をペストと疑い、入国を拒否。米国に弱腰だった政府とやり合った。当時22歳の科学者の情熱が日本をペストから救ったとされる▼野口に検疫所を紹介したのは、伝染病研究所所長の北里柴三郎だった。弟子から「ドンネル先生(ドイツ語で雷おやじの意味)」と呼ばれた北里は、研究助手の野口の語学力を高く評価。通訳として登用するなど彼を支えた▼2人の縁が時を超え、令和の時代も続く。5年後をめどに千円札の肖像画が野口から北里に変わる。1万円札は渋沢栄一、5千円札は津田梅子。偉人伝で取り上げられる人物が選ばれた▼偽造防止を図り、新時代の機運を高める狙いがあるとか。新紙幣によって経済の停滞ムードが一掃され、消費者が金を使うようになるとの見方もあるが、過去の例を見る限り期待はしない方がいいだろう▼渋沢は日本資本主義の父、津田は女子教育の先駆者、北里は近代医学の父と呼ばれる。政府の談話にあるように、それぞれの業績である産業育成、女性の活躍、科学技術の発展は現代に通じる課題である。今の日本に何が求められているのか。それを象徴した人選のように思える。(2019.4.10)