映画評論家の故淀川長治さんが映画の名作10本を選んだ時、邦画が1本だけ含まれていた。それが黒沢明監督の『羅生門』。「ワンカット、ワンカットが全部きれいで世界中が驚いた」。印象に残った場面として泣き伏した京マチ子さんの黒髪の美しさを挙げた▼京さんが演じたのが盗賊に襲われる侍の妻だった。気性の激しい女、か弱い女、身勝手な女、狂気じみた女…。京さんは「一人四役」ともいえる難しい役をこなした。後に「生まれ変わってもう一度やりたい役といえばこれです」と語った(筒井清忠編著『銀幕の昭和「スタア」がいた時代』)▼『羅生門』などの出演作が国際映画祭で最高賞を受賞し、グランプリ女優と呼ばれた京さんの訃報が届いた。大胆な演技で肉体派女優として注目され、戦後を象徴する存在だった▼巨匠との仕事が多かった。魅力は何だったのか。黒沢監督は能の古面のような顔を挙げた。確かにエキゾチックで幽玄な雰囲気は海外の人の心をとらえたことだろう。ただ、それにとどまらなかった。文芸作品や人情劇など多彩な作品に出演し、演技派としても活躍した▼「不器用な人間です」が口癖だった。誠実な人柄も愛された。95年の生涯を閉じたが、銀幕の中での京さんはあの時のまま。不滅の輝きを放っている。(2019.5.16)