江戸時代、仙台藩の鳴子や川渡は名湯として全国に知られた。温泉地を大相撲に見立てて格付けする温泉番付の常連だった。源泉を管理する湯守は藩から任命され、その座を巡る湯守争いが頻発した▼『鳴子町史』によると1713年、川渡の修験者が「上納金を増やすから」と任命を願い出た。従来の湯守は「酒を売ってもうけたいだけだ」と反論し、修験者の願いは却下されたようだ。願書は29、35年にも仙台の商人などから出され、人気の職業だったと分かる▼現代の湯守に当たる旅館・ホテル経営者の立場は厳しい。2018年、鳴子温泉郷の宿泊者は54万1200人で東日本大震災前に比べ2割以上落ち込んだ。大型保養施設「農民の家」をはじめ、古い施設の閉館が相次ぐ▼宮城県が3日、観光振興策の財源となる宿泊税条例案を取り下げたのは妥当だ。村井嘉浩知事は新型コロナウイルスの感染拡大を撤回理由としたが、「負担が増える」として経営者や湯治客が導入に反対し、県議会で先送り論が強まっていた▼江戸期以降、鳴子温泉郷は凶作や水害によって何度も浮き沈みを経験した。税を増やしてでも湯守の希望者が出たのは好景気の時期が中心だ。不況の荒波が押し寄せる今は行政と地元が対話を重ね、再生策を探るのが先決だ。(2020.3.9)