小説家の田山花袋は優れた紀行文を残した。汽車で旅して執筆し、1910年代に発表した『日本一周』である。同書によると、常磐線沿線で印象に残ったのが腹を痛めて2泊した福島県富岡町だった。宿のおかみさんの心配そうな顔が忘れられなかったらしい▼文豪は沿線の景色を気に入った。浪江町の砂浜は生き生きとしたカラーを持つと褒め、東北本線よりも「常磐線の方が一寸風景に富んだところがある」と記した。約100年後、味わいのある路線は東日本大震災と原発事故で寸断された▼常磐線がきのう富岡-浪江間で運行を再開し、9年ぶりに全線復旧した。地元では人の往来が盛んになると期待が高まるが、「復興五輪をアピールするのに利用された」と冷ややかな見方をする町民もいる▼それも無理はない。再開する3駅の周辺で帰還困難区域が解除されたのは、駅舎、駅に通じる道路、線路だけ。当分は住めない。道路沿いの家の前には柵が置かれている。復興はうわべだけで実際はあまり進んでいない。そんな現状を象徴する光景に思える▼帰還希望者が少ない現状では復興は難しい。それでも、全線開通は確かな一歩には違いない。地道に沿線の魅力を見つける努力を重ねたい。東北の各駅や車窓にはきっと味わい深い物語がある。(2020.3.15)