東京の地下に魔物がすむという。名前は「やみくろ」。目は見えず、知性、宗教を持つ。死肉を食べ、地下道を縦横無尽に掘る。村上春樹さんの小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)に出てくる▼村上さんがオウム真理教による地下鉄サリン事件のニュースを聞いた時、思い出したのが「やみくろ」だった。事件と魔物がつながったという。被害者らに取材し、ノンフィクション『アンダーグラウンド』を執筆。「遺族の方に3時間話を聞いた後で1時間も泣いた」と振り返る▼13人が死亡、6千人以上が負傷した事件からきょうで25年。化学兵器で市民を襲うという世界でも類を見ないテロだった。当時を知らない世代が増えたが、今も大切な人を亡くした悲しみや後遺症で苦しむ人がいる▼一昨年、教祖の麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚らの死刑が執行された。真相は闇に葬られたが、村上さんは「皆死刑にしておしまいというのではいけない」と語る▼事件はバブル崩壊で価値観が混乱する中で起きた。実行犯は宗教にすがった真面目な若者が多く、事件後に苦悩した。今の時代も不安、閉塞(へいそく)感に包まれている点では同じ。魔物が若者の心をむしばんではいないか。事件が形を変えて起きることはないか。心配になる。(2020.3.20)