東京にある上皇后美智子さまの実家跡地の公園は「ねむの木の庭」と呼ばれる。上皇后さまが作詞した『ねむの木の子守歌』が名前の由来。<ねんねの ねむの木 眠りの木 そっとゆすった その枝に 遠い昔の 夜の調べ ねんねの ねむの木 子守歌>▼荒地でもたくましく育ち、可憐(かれん)な花を咲かせるネムノキ。上皇后さまと同じようにこの花を愛したのが俳優の宮城まり子さんだった。障害者に寄り添ってきた2人の交流は40年以上続いた▼宮城さんの訃報が届いた。脳性まひの子どもの役を演じる際、施設を訪問したことが運命を変えた。重度の障害がある子が義務教育の機会を与えられていない現状を知る。1968年、静岡県に日本初の体が不自由な子のための養護施設「ねむの木学園」を開設した▼学園の様子を追った記録映画に印象的な場面がある。足が不自由な少年が腕の力で砂丘をはい上がろうとする。仲間の声援を受けて登り切った時、そこに青い海が広がっていた▼学園は絵や音楽を通じて能力を引き出す教育で注目された。「全ての子どもは大人の支えがあれば輝けるんですね」。宮城さんは子どもの絵を見た上皇后さまのこの一言が忘れられなかったという。ネムノキの花言葉は歓喜や創造力。それらに満ちた93年の生涯だった。(2020.3.24)