墨といえば、奈良の墨が有名だが、三重県鈴鹿市の「鈴鹿墨」にも根強いファンがいる。手作業で作られる墨は発色が美しく、滑らか。1200年の歴史があるといわれ、墨では唯一、国の伝統的工芸品の指定を受ける。石巻市の雄勝硯(すずり)との産地間交流も長く続く▼職人は今、伊藤亀堂さん(56)、晴信さん(33)親子だけになった。今年はコロナ禍でかつてない苦境に立たされている。墨を愛用する書家らの作品を集め、東京で毎年9月に開催する「鈴鹿墨」展も中止になった▼同展に参加してきた書家の亀井勤さん(59)=仙台市泉区=が鈴鹿墨を応援しようと立ち上がった。全国の作家に呼び掛け、鈴鹿墨展の移動展「勝手に鈴鹿墨展」を11~17日に青葉区の中本誠司現代美術館で開く▼亀井さんが鈴鹿墨を知ったのは東日本大震災後。亀堂さんの被災地の支援活動を知って墨を使うようになり、亀堂さんから墨を安く提供してもらった。当時、書による被災者支援を始めた亀井さんは「亀堂さんを同志のように感じ、励みになった」と言う▼仙台で開催する鈴鹿墨展はその時の恩返し。亀堂さんは「弱気になっていたが、負けてはいけないという気持ちになった」と感謝する。大変な時こそ、絆は強まる。それはきっと、伝統をつなぐ力になるだろう。(2020.9.7)