物忘れなのか。顔は知っていても名前が出てこない。「あれ、それ、あの人だよ」。そんなことが増えた。しばらくして記憶の淵から、はらりと名前がこぼれ落ちる。大抵は時既に遅し▼東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で私たちは多くのものを失った。あれから10年。大切にしまい込んだはずが、ほこりをかぶって出てこない。そんな喪失の形もあり得ると気付かされたことがある▼福島県猪苗代町出身の彫刻家鈴木仁亮(1910~66年)。東京美術学校(東京芸大)に進学し帝展、日展などで活躍した。会津若松市の野口英世像や福島県庁前の平和の塔、東京・池袋駅西口広場の希望の像(2017年解体)など多くの作品を手掛けた▼数奇な運命をたどるのは福島県庁隣の杉妻会館1階にあった裸婦像「想(おも)ひ」。震災直後、倒壊の恐れがあるとして撤去され倉庫に保管された。再展示の機会がないまま時が過ぎる。危機感を抱いた地元有志が掛け合い、所有者の県教委から町への譲与が実現した▼倉庫に眠ったままだったら作品の存在すら忘れられてしまうに違いない。震災による喪失は生命や物の直接的な損壊に限らず、人の記憶の忘却にも潜んでいるのだ。想ひは先月末、町図書歴史情報館前に建立された。鈴木仁亮展は同館で23日まで。(2020.11.19)