没後10年になる劇作家井上ひさしさんの足跡をたどる連載「ゆかいなことを東北から」の取材中、頭にあったのが学生時代の友人のことだ。仙台一高出身の天才肌。詳しく聞かなかったが、幼少から苦労したらしい。誰の心にもすっと入るコミュニケーション力は、温室育ちの筆者には計り知れぬしなやかさがあった。井上さんの生い立ちに、どこか彼を重ねた。
 横浜市出身の筆者が河北新報を知ったのも彼からだった。地縁のない東北に就職したのは、彼との「知縁」を抜きに考えられない。
 連載に合わせ寄稿してくれた井上さんの一高同期生、憲法学者樋口陽一さんは10年前の追悼文で、井上さんを形作った一高とラ・サール・ホームという「仙台の2種類の酸素」の意義を挙げた。その言葉を借りれば、筆者は彼を通じて仙台の酸素を吸い始めた。以後、東北に暮らして四半世紀。最近やっと東北人になった気がする。
(生活文化部・会田正宣)