小学校教員養成に関わっている仕事柄、子どもたちに関する記事に目が留まる。
 11月10日朝刊「くらし」面の「『子ども哲学』家庭でも」を読んだ。「子ども哲学」は最近よく耳にする言葉である。立教大文学部教授の河野哲也さんは、思考力や探究力を養うのに役立つと考え、各地で実践に取り組んでいる。
 対話を深める質問の例も幾つか明示されている。(1)~ってどういう意味ですか(2)どうしてそう言えるのですか(3)そう言える証拠はありますか-など、自分で考え、自分で話せる子どもを育てる方法を具体的に示す。子ども哲学は家庭でも取り組めるという。肩肘張らず質問していけば、自分で話す子どもたちが育つことだろう。
 その前の週の2日は、5月から授業づくりに関わってきた宮城県小学校社会科教育研究大会大崎大会が大崎市であり、7人の学生、大学院生と参加した。3年生では、ねぎ農家の見学や自分たちの発表資料から農家の方の工夫や努力を考えていた。5年生では、さまざまな統計から日本の自動車産業の現状を読み取っていた。子ども同士や先生との対話を通して、学びを深めていた。考えることで社会科を学んでいくのである。

 新聞には、授業と同じように物事を考えるための情報が数多くある。13日朝刊「NIE」のページ「NEWSなぜなに」にある「文科省が全国調査 小中のいじめ39万7000件」も、そうである。
 記事では、いじめのデータについて解説し「子どもの何らかの行為によって、相手の子どもが心や体に苦痛を感じるもの」をいじめと定めていることを述べて、最後に、友達をからかったり、悪口を言ったりしていませんか? 自分が友達にされていやなことを、友達にしていないか考えてみてください、と呼び掛けている。
 こうした表現は新聞記事としては異例のことではないか。客観的なデータを読み解きながら、さらにこの問題に自分はどう取り組むのかを問うことで、誰もが立ち止まって考える内容となっている。

 18日で第4部「養蚕」が完了したワイド東北面の連載「阿武隈川物語」は、流域の歴史と文化について報告が続き、興味深かった。
 13日の4部初回で紹介された宮城県丸森町の養蚕農家佐藤靖さんは「人間が千年以上関わる蚕は不思議な魅力がある」と話す。佐藤さんの母校・大張小では、養蚕を学ぶ「まゆっこ活動」を展開。卒業証書用のシルク和紙の紙すきもするという。地域に根差した伝統や文化を引き継ぐ取り組みを、地道に丹念に取材している。こうした情報はいま一度、自分たちの住む地域を見直すきっかけになる。
 今の子どもたちが成人を迎える2030年頃、予測が困難な時代になっていると言われる。それだけに、現在ある問題をどう読み取るのか、そして、どう関わるかを考え、共に学び合う活動が重要になっていくだろう。そのためにも生業の現場、地域、学校、家庭などの様子をより多く、より多角的に発信してほしいと願っている。