1月は、喜びの月である。
 14日朝刊1面は「未来へ 復興へ 二十歳の門出」の見出しで新成人の晴れやかな姿を報じた。東日本大震災の発生当時、小学校6年生で、卒業を間近にして災禍を経験した新成人である。あの時どこにいたのか、そして何を思い、何を学び取ったのか、一人一人の経験は違っているだろう。千年に一度と言われる大地震を乗り越えて迎えた成人式を心からお祝いしたい。
 各地からは、一年の無事を祈って行われる伝統行事が相次いで伝えられた。16日朝刊ワイド東北では、大船渡市三陸町の崎浜集落で行われた小正月の奇習「たらじがね」が載った。会社員の滝沢桂史さんは、震災で中断した伝統行事を継承していく決意を語った。
 同じワイド東北面で18日に扱われたのは、秋田市の太平山三吉神社であった無病息災や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る「三吉梵天(ぼんてん)祭」。竹籠を色とりどりの布や紙で飾った梵天は神様が降りる依(よ)り代(しろ)である。新年を祝い、新しい年への思いを込める行事の中に、長く継承されてきた人々の喜びがある。

 1月はまた、命を思う月でもある。
 1995年1月17日に発生した阪神大震災から24年が経過した。18日朝刊1面は「時代変わっても忘れない」との見出しで、地震が起きた午前5時46分の発生時刻に止まったままの大時計を囲み、黙とうする人たちの様子を伝えた。
 大都市を襲ったこの震災は、わが国に「ボランティア」という活動を定着させ、その後、多発する災害の際に人々が互いに助け合うという風土やシステムを生み出すきっかけとなった。95年は「ボランティア元年」とも呼ばれる。それぞれの命を思うからこその活動である。四半世紀にも及ぶ活動は、災害のたびに多くの参加を得て継続されている。
 東北福祉大学においても、災害時にいち早く現地に駆けつけることができるよう、支援車両や救助用装具などが整備されている。また、1年生に対し消火訓練や炊き出し体験など災害時対応を学ぶことができるプログラムを実施している。教員や看護師など、人や命に関わる仕事を学ぼうとする学生にとって、未来につながり、命について考える学習となる。

 阪神大震災と同様に、1月で忘れてはならないのが、3年前に大学生ら15人が犠牲となった長野県軽井沢町のスキーバス転落事故である。14日朝刊社会面では「社会人の娘 見たかった」と遺族が心境を語っている。
 1月も後半となると大学では後期の講義を終え、ほっとする時期である。しかし、長女を亡くした父親、花岡均さんは「メディアの風化が気になる」と話していた。折に触れて安全への関心が薄まらないよう報道するとともに、スキーシーズンの時期には学生に対する注意喚起も求めた。
 私たちが日常で感じる喜びや悲しみ、それらをありのままに伝え、考える機会を与えてくれる報道であってほしい。