華麗な復活劇に世界が驚嘆した。成し遂げたいという強靱(きょうじん)な精神力と、抜群の技術。この細身の若者のどこにそんなパワーが潜んでいるのか。ただただ圧倒された。
 平昌冬季五輪のフィギュアスケートで、仙台市出身の羽生結弦選手(23)=ANA、宮城・東北高出=がきのう、金メダルに輝いた。前回のソチ五輪に続く2連覇は、66年ぶりの歴史的快挙である。
 全国の多くのファンと感動を分かち合いたい。けがを乗り越えた復活の栄冠は、復興途上の東北の被災地に勇気をもたらしてくれた。
 昨年11月に大会前の公式練習で右足首を負傷し、3カ月間、戦列を離れた。五輪の金メダルはおろか「出場するのも難しいのでは」と一時は誰もが落胆したのではないか。
 氷上での練習再開は1月に入ってからだった。4回転ジャンプを跳び始めたのは大会の約2週間前。治療、リハビリ、トレーニングを一つ一つ重ねた日々を「やるべき努力をしてきた」と振り返った。悩みや不安もあったろう。
 優勝を決めた後に「右足が頑張ってくれた」と、ほっとしたように話した。諦めない心、自分を信じやり抜くことの尊さを教えてもらった。
 強豪がひしめく男子フィギュア界である。連覇を目指したこの4年間、並大抵の努力ではなかったろう。上位選手の高得点がそれを物語る。
 難易度の高い4回転ジャンプを何回跳ぶか。完成度が勝負を分ける。天井知らずの高得点争いの時代に入っている。その扉を開けたのは、2015年に初めて300点超えを記録した羽生選手である。
 今や、5種類の4回転を操れる外国人選手もいるが、羽生選手が今大会で跳んだのはショートプログラム、フリーを通じて2種類だった。
 フリーではジャンプでミスもあったのに、優勝を果たせたのはなぜか。ジャンプ前後の技のつなぎの滑らかさ、ステップやスピンの美しい所作、全体を通じた表現力が群を抜いているからだ。ジャンプ至上主義ではない、スケート本来の魅力を五輪の場で示してみせた意味は大きい。
 嵐のような会場の大歓声、注目度の高さには目を見張るばかりだった。スポーツ選手の枠を超え大きな存在になりつつある羽生選手。「これまで以上の応援で、たくさんの方に支えてもらった」と感謝の言葉も忘れなかった。
 連覇の偉業は、初出場で銀メダルを獲得した宇野昌磨選手(20)ら後に続く若い才能の成長に結びつくはずだ。
 フィギュア人気の高まりも期待されるが、国内では練習環境の改善はなかなか進まないのが実情だ。本格的なリンクが少なくジュニア世代や学生はリンクを転々とし練習時間の確保に苦労している。
 五輪での輝かしいトップ選手の活躍を一過性の喜びに終わらせたくない。スポーツ界全体の底上げにつなげよう。