経緯を踏まえれば、当然の結論といえる。安倍晋三首相が、働き方改革関連法案から裁量労働制の対象拡大を削除すると決めたことである。
 理由として挙げたのが、厚生労働省調査の不適切データ処理に関し「国民に疑念を抱かせた」ことだ。が、それは疑念というより、不信ではないのか。働く人たちの命と健康を守るべき労働行政に、国民は不信感を募らせている。
 調査がずさんだったのは言うまでもない。月の総計はあるのに1日の残業時間がゼロといった異常データが400件を超え、異なる条件で調べた数値をなぜか比較し、裁量制の時短効果を引き出した。
 裁量制は実際に働いた時間ではなく、事前に労使で決めた分だけ働いたと見なす制度だ。企業の時間管理が甘くなるとの批判は根強く、実際、労働組合に長時間労働を訴える相談が相次いでいる。
 しかし、首相は不適切に処理された調査を根拠に、裁量制に時短効果があるかのようにアピールしてきた。答弁を撤回したとはいえ、政府の最高責任者が実態と大きくずれた認識を持って、政策を進めようとした事実は消えない。
 国民にとって、これ以上の背信はあるまい。法案から切り離し、実態調査をやり直して、その必要性を含め根本から議論をやり直すのは当然のことだ。そもそも、なぜそれほどまでに不備な調査だったのか、その精査も必要だ。
 だが、これで国民の不信が払拭(ふっしょく)されるのかどうかは疑問である。この改革が真に働く人に寄り添ったものなのか、そのことに、疑念を抱かざるを得ないからだ。
 裁量制拡大と、なお法案の柱の一つである一部専門職を労働時間規制から外す高度プロフェッショナル制度(高プロ)は、共に経済界からの強い要望だ。生産性向上が目的の「働かせ改革」に映る。
 両制度は3年前に法案化されながら、野党の強い反対で審議入りすらできずに廃案となった経緯がある。高プロは長時間労働、過労死を助長しかねない「残業代ゼロ法案」だと批判されてきた。
 働き方改革論議は、電通女性社員の過労自殺を機に本格化し、長時間労働の是正を図るのが趣旨だった。なのに法案には残業時間の上限規制を含む規制強化策と、高プロという規制緩和策が同居する。
 政権が「働く人の視点に立って」といくら強調しても、法案を見れば、その姿勢に疑念を持つしかあるまい。
 野党は、その経緯からして高プロについても裁量制拡大と「一体のもの」とし、こぞって法案からの削除を求めている。当然であろう。
 首相自らが今国会の最重要法案と位置付けながら、法案提出前にもかかわらず、骨格部分の撤回に追い込まれたのは政権にとって大打撃だ。円滑な国会運営を期すなら、国民の声はむろん、野党の主張と真摯(しんし)に向き合うべきだ。