自衛隊と中国軍との偶発的な軍事衝突を避ける相互通報体制「海空連絡メカニズム」の運用が6月8日から始まる。日中首脳会談で決まった。
 安倍晋三首相は「10年越しの課題に結果を出せた」と満足げだ。長年の努力は多とするとしても、両国が領有権を主張しせめぎ合う沖縄県・尖閣諸島周辺の実情を考慮し適用範囲が明示されなかった。実効性には懸念が残る。
 政治的成果を優先させた、見切り発車の合意ではないのか。今後運用を積み上げながら改善策を探ってほしい。
 連絡メカニズムは、日中防衛当局の幹部間で連絡を取り合うルール。ホットラインを開設し、最前線で思わぬトラブルが起きた場合、速やかな意思疎通を図り事態悪化を食い止めるのが目的だ。
 艦船や航空機間の異常接近時の対応は、すでにある「海上衝突回避規範」に沿って連絡するという。
 第1次安倍内閣当時の2007年、通報体制の構築で一致した。12年にはホットラインの設置に合意したが、同年9月に日本側が行った尖閣国有化に中国が猛反発。協議が一時中断した経緯がある。
 この間、尖閣では中国機の領空侵犯があったほか、軍艦が海自護衛艦に射撃管制用レーダーを照射したり軍用機が自衛隊機に異常接近したりするなど一触即発の事態が続いた。今年1月にも中国潜水艦が尖閣の接続水域に入った。
 連絡メカニズムは本来、こうした危機を回避するための確実な「枠組み」であらねばならない。運用次第では、前線で日夜対応する海空自衛隊や海上保安庁の負担を緩和することにもなるはずだ。
 しかし、今回の交渉で日中は尖閣周辺を適用対象とするかどうかで対立。主権を争う立場で互いに譲らず、適用範囲の線引きをしない曖昧な決着で折り合った。
 現実に日中双方が設けた自国の防空識別圏は、東シナ海の上空で広範囲にわたって重なっている。こんな状況をそのままにして連絡メカニズムがスムーズに働くのか。緊張緩和の実現は不透明だ。実際「運用開始しても部隊の行動は全く変わらない」と自衛隊幹部は本音を漏らしている。
 メカニズムの構築を巡っては、政府同士が関係改善をアピールしようと、首脳会談での協定を急いだのではないかという見方がある。
 そもそも良好な関係の下でも不測の事態は起こり得る。海洋強国を目指し圧倒的な戦力を持つ中国を相手に、自衛隊には不信感が強い。今後も尖閣周辺の領海への侵入は続くと予測している。
 2国間でどうにか運用にこぎつけたシステムである。両国は現場の混乱を招くことがないよう、連絡メカニズムを最大限生かせる手だてを模索すべきだろう。今回の首脳外交で築いた信頼の土台に立ち、尖閣の課題解決に向け一歩でも前進してほしい。