行き詰まった問題の解決を棚上げにし、北朝鮮側に大きく譲歩した内容と言えるのではないか。
 北朝鮮の核・ミサイル廃棄の行方を最大の焦点に、きのうシンガポールであった米国のトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長による史上初の首脳会談。両首脳は、北朝鮮の非核化などに言及した「シンガポール共同声明」に署名し、新たな米朝関係の構築を強調した。
 対話による一つの成果と解釈もできよう。しかし、急ごしらえのプランで具体性の乏しさは否めない。
 声明の内容が本当に世界の核危機を回避し、朝鮮半島の安定に結び付くのか。双方が「交渉の実」を取るためだけの演出に終わってしまう懸念を抱かざるを得ない。
 事前の交渉では、検証可能で後戻りできないなど厳しい条件を課す「完全な非核化」についての両国の認識の溝は深く、共同声明は困難とみられていた。
 金氏は声明で4月の板門店宣言をなぞる形で「朝鮮半島の完全な非核化」を約束。これに呼応しトランプ氏は北朝鮮の体制の安全を確約した。
 「完全な非核化」は、日本を射程に収める中短距離の弾道ミサイルを含め、全ての大量破壊兵器を対象に、期限や確実な査察を明確にしなければ世界に納得されまい。
 声明では具体策には言及せず、トランプ氏は「非核化プロセスを迅速に始める」と強調。詳細な工程は次回以降の協議に持ち越した格好だ。
 にもかかわらず、トランプ氏は北朝鮮が最も欲していた「体制保証」をあっさり与えた。北朝鮮がほとんど何の行動も起こしていないのにだ。
 米国による敵視政策の解消や在韓米軍の撤退などにつながる可能性がある。北朝鮮が現体制の安泰を手にし、非核化が達成される前に制裁が有名無実化するのではないか。
トランプ氏は米韓合同軍事演習を中止する意向もあるという。あまりに北朝鮮寄りだ。
 この国はこれまで何度も核放棄を約束しては、ほごにして米国や周辺国は煮え湯を飲まされてきた。同じ轍(てつ)を踏むことのないよう非核化の検証は徹底しなければならない。
 トランプ氏は安倍晋三首相との約束を守り、会談で拉致問題を提起したが、金氏がどう受け取ったは説明されなかった。むしろ戦没米兵の遺骨収集を熱心に語った。
 日本政府も、自国民の利益のために独自の交渉に踏み込んでほしい。北朝鮮は「解決済み」との姿勢に終始している。しかし被害者家族は誰一人認めていない。
 人権に背を向ける国が平和で豊かな経済国家を築けるわけがない。日本側の訴えに誠実に向き合うべきだ。
 米朝は、さまざまな課題を文書に残したことで目的を達したかのように安堵している。口先だけでなくどう履行していくかが問われている。