東日本大震災8年までひと月、被災地はことしも祈りと誓いの時を過ごしていく。
 これから毎週のように開かれる官民挙げての催しやフォーラムは、追悼と追憶の思いを共有し、伝承の重みを確かめ合う大切な場になる。
 一部は周年の定型行事化しつつあるのも確かだろう。「いつまでも忌まわしい記憶にとらわれたくない」。そんな思いの人も少なくない。
 未来に向けた一歩として「あの日」の出来事にどう向き合い、何を伝え継ぐのか。
 一人一人が改めて見つめ直し、悩み、動くための機会と捉えるならば、このひと月の意味づけは違ってこよう。
 石巻市雄勝町の徳水博志さん(65)は、子どもたちの思いと再生に焦点を当て、震災を語り継ぐシンポジウム(24日、仙台市)に参加する。
 雄勝小教員の時に震災に遭い、退職後は地域振興と復興教育に取り組む。原点にあるのは教え子が5年生、被災1年半後に書いた詩だ。
 「わたしはわすれない」と題した詩は、忘れない誓いを11の連に分けてつづった。
 <豆腐屋のおじちゃんが/みんなを避難させて/自分だけは津波に流されたことを>
 <誕生日におかあさんにもらった/大切なネックレスを/流されたことを>
 <避難所でいただいた/スープのあったかさと/おにぎりの味を>
 <こわされた家を/流された命を/助けられた恩を/人のあたたかさを>(抜粋)
 最後は<大震災の記憶の/すべてを>と締めくくる。
 子どもがあの日に真正面から向き合い、残した言葉は今でも力を持つ。「震災の出来事を引き受けつつ、未来へと語り継ぐ。命と地域の再生のために今こそ、詩の決意を被災地全体で確かめたい」。徳水さんはそう呼び掛ける。
 あの日のことに限らない。被災後の暮らしに不安を抱える人たちの「その後」と「いま」にわたしたちはどれだけ向き合っているだろうか。
 「皆さんの目にわたしのような被災者はどう映っているのですか」。仙台市若林区の災害公営住宅で1人、支援相談員の訪問を受けながら暮らす男性(71)は問い掛ける。
 「震災でやむを得ずこうなってしまった人。特別ではない、同じ市民です」。孤立を深める被災転居者の思いを代弁する言葉は重く響く。
 心を寄せ、問い続けるべき苦悩や悲哀は身近に山ほどある。せめて周年の機会には足元にある現実にきちんと目を向ける被災地でありたい。
 年月とともに強まる風化の懸念を背景に、ことしはこれまで以上に記憶や教訓の伝承、次世代教育をテーマにした催しが目立つ。南海トラフ巨大地震などの警戒地域と結んだ企画も多く見受ける。
 「わたし」の決意を「わたしたち」に置き換え、つないでいけるか。向き合う覚悟が一人一人に問われている。