東京電力福島第1原発事故で全町避難を余儀なくされた福島県大熊町で10日、事故から8年を経て一部地区の避難指示が解除された。
 未曽有の炉心溶融(メルトダウン)を起こした福島第1原発が立地する同県双葉、大熊両町では初めてとなる避難指示解除。14日には大熊町が新たに整備した役場庁舎の開庁式があり、古里の本格復興に期待を寄せる町民が県内外の避難先から集まった。
 解除されたのは放射線量が比較的低い大川原(居住制限区域)、中屋敷(避難指示解除準備区域)両地区。面積は約30平方キロと町全体の38%を占める。しかし住民登録(3月末)は138世帯367人と3.5%にとどまる。
 事故前に町民の大半が暮らした地域は、帰還できないままだ。双葉町はなお全町避難を強いられている。国は、帰還困難区域内で除染とインフラ整備を一体的に進める「特定復興再生拠点区域(復興拠点)」の拡大見通しをいち早く示さなければならない。
 「戻る」「戻らない」「戻れない」。8年の歳月は地域や家族を分断した。
 長くなった避難生活に終止符を打ち地域コミュニティー再生に関わる人の一方、帰還を諦め避難先に自宅を再建した人がいる。医療・介護施設や商業施設など生活環境の整備が今後に委ねられた古里には、帰りたくても帰れない町民が少なくない。
 大熊町に先行し、2014年春の田村市を皮切りに解除が進んだ福島県内の旧避難指示区域では住民帰還が伸び悩んでいる。河北新報社の集計では9市町村の旧避難指示区域の住民登録人口に対し、実際に住んでいる人口が占める割合は25%を下回った。
 古里に戻った住民は、高齢化が著しい。17年3月に解除された川俣町山木屋地区の高齢化率(65歳以上)は61.6%。人口構成を10歳刻みで独自に分類する飯舘村(17年3月解除)では60歳以上の割合が75.5%に上る。子育て世代ほど放射線や不十分な生活環境が不安で、帰還をためらっているとみられる。
 国が住民帰還の橋頭堡(きょうとうほ)と位置付ける復興拠点は、現在も帰還困難区域を抱える県内7市町村のうち南相馬を除いて双葉、大熊、浪江、富岡、飯舘、葛尾の6町村が整備計画を策定した。
 既に全町村で整備着手したが、拠点の面積計2747ヘクタールは帰還困難区域全体3万3750ヘクタールの8%にすぎない。残りは避難指示解除の見通しがたたず、6町村長は国に「早急に具体的な方針を打ち出してほしい」と要望する。
 大熊町の避難指示解除を前に5日、渡辺博道復興相は会津若松市の町役場出張所を訪ね「帰還困難区域は長い年月がかかっても帰れる環境をつくる」と職員を激励した。大臣の言葉が口約束とならないよう、国はスケジュール提示を急がなければならない。