令和の年号とともに新しい天皇陛下が即位された。国民が国の行く末に思いをはせ、安寧を祈る日でもある。長く公務を務められてきた皇太子さまの晴れの即位を喜びたい。
 新天皇は1960(昭和35)年2月に誕生された。4年後に東京オリンピックがあり、所得倍増計画と高度成長に沸いた。むろん戦争体験はなく、昭和後半の良い時代に歩まれたと言えよう。
 昭和の「和」は平和を願って付けられた。意に反して、前半は世界の国々を相手に回す大戦の時代だった。その中にあって一時期、日本外交が国際協調と平和を志向したときがある。
 第1次世界大戦の反省から、戦争を放棄するパリ不戦条約を日本をはじめとする63カ国が調印した。昭和3年のこと。外交団は英米との協調を図るリベラル派で固められ、軍部に命を狙われながらも軍縮条約を押し進める。やがて、五・一五事件を境にしてリベラル派は一掃され、国民を戦争に巻き込んでいく。わずか数年の出来事だった。
 戦後の日本国憲法で、「天皇は国の象徴」とされた。昭和天皇は折に触れ、皇太子を部屋に呼び、軍部の横行と平和外交など当時の内情を聞かせたと伝わる。
 前天皇と美智子さまが酷暑を押して南太平洋など激戦地の慰霊と戦後引き揚げ者への励ましを、ご高齢になってからも続けられたことは国民のみな知るところである。
 退位の胸中を明かした際には「遠隔地や島々への旅も、天皇の象徴的行為として大切なものと感じてきました」と述べている。象徴の範囲内で、過去の過ちを忘れないことの大切さを内外に行動で示された。
 令和もまた、平和の意味が込められていよう。一方で、年号制定作業では中国の古典でなく、国書である万葉集から初めて選んだことに「わが国が持っている素晴らしい文化を象徴している」などと称賛の意見が相次いだという。
 ちょっとしたきっかけで、日本の社会は一つの色に染まる特色がある。皇位継承行事が数多く予定され、「古き良き時代よ、もう一度」と保守的なナショナリズムが広がりやすい。令和は、落ち着いた時代でありたい。
 新陛下には、両天皇の来し方をかみしめ、平和への思いを脈々と受け継がれる振る舞いを期待したい。国民の象徴という憲法との距離を慎重に取りつつ、前天皇が提起した公務多忙や皇室行事のありようについて、新しい感性と個性で向き合ってはいかがだろうか。
 新たな皇室像を巡り、欧州の王室のように、社会的弱者の救済や地球環境問題に取り組むことを望む声がある。造詣の深い音楽など芸術分野に目を向けても好ましいと思われる。きょうからの第一歩を温かく見守りたい。