住民参加型まちづくりの先駆とされる東京都武蔵野市。その実例は、14万市民の暮らしを下支えするごみ処理施設の立地にも見て取れよう。

 市は「迷惑施設」をあえて市庁舎の隣に整備することで無用な風評を打ち消した。市民も納得ずくの立地だ。

 有害物質の発生防止に関する国のガイドラインや縮小する地域社会を反映し、これまで市町村を単位としてきたごみ処理の広域集約化が東北各地でも始まっている。住民参加の手法や合意形成の知恵を武蔵野市に学びたい。

 県域を6区分してごみ処理の集約化を目指す岩手。だが、一関地区広域行政組合の計画は住民の反対運動で頓挫し、盛岡市を中心とする県央ブロックも想定するスケジュールの遅れが著しい。

 両地区に共通するのは「基本計画の策定段階から住民と協議する」など過去に取り交わした約束事をほごにして立地が提案されている点だ。これでは到底、行政と住民の間に信頼は生まれない。

 一関地区は、当局が候補地をあらかじめ1カ所に絞り込んだ上で住民に計画を提案した。仮に絞り込みに相応の理由があったとしても、その説明を省略すれば、住民の納得は引き出せない。

 ごみ処理施設とセットで整備する余熱活用施設の地元経済効果を強調した当局だが、ボタンの掛け違いには最後まで思いが至らなかった。

 一方、事務局の盛岡市が候補地4カ所を発表した県央ブロック。全候補地が立地反対の署名活動を展開する中、地権者の一部に「土地利用を望む意見がある」1カ所に絞って話し合いを進めるという。

 一握りの賛同者を頼みに膠着(こうちゃく)する状況を打開しようという手法は、前途多難と言わざるを得ない。

 県央ブロックの基本構想によると、現在8市町に六つあるごみ処理施設を1カ所にまとめ、組織も事務組合を新設して一本化するという。事業の合理化に主眼を置くあまり、残念ながら循環型社会の形成については、ほとんど検討された形跡がなかった。

 案の定、住民団体は「住民参加によるごみの減量・資源化に逆行する」と反発。有害物質の排出対策を一定程度講じた既存施設の延命を図り、この間にリサイクル率を高める取り組みを強化するよう計画の練り直しを求めている。

 財源を握る行政は、何事も設備投資によって課題を解決しようと考えがちだ。確かにごみ処理も初期投資で高性能の大型施設を整備すればランニングコストは抑制され、住民が不安視する環境対策も保障されるかもしれない。

 しかし地元住民は、課題解決のために政策形成から参加したいと望んでいるし、限りある財源の使い道も一緒に吟味したいと考えているのだ。

 住民意見に耳を傾けることこそ、政策立案のプロである自治体行政の本領だろう。