日本が「世界一」と胸を張る分野が少なくなる中で、各国の研究者を驚かせる快挙をやってのけた。
 探査機はやぶさ2は、小惑星りゅうぐうの表面に直径10メートル、深さ2~3メートルのクレーターをつくることに世界で初めて成功した。地球から3億4千万キロという気の遠くなるような距離を4年半かけて飛び、上空からじっくり観測した上でトライする時機をうかがっていた。
 6月以降にクレーターの中に着陸し、露出した岩石と地中にある鉱物の採取に挑む。水を含む鉱物も確認されている。太陽風にさらされていない鮮度の高い自然の物質を持ち帰ることができれば、太陽系の成り立ちと生命の起源を解くヒントになる。
 日本の得意とするきめ細かな技と熱い技術者魂が、宇宙の分野で世界をリードする地位にまで押し上げた。最終目標に向けてもうひと頑張りを期待するとともに、科学の神秘に迫り続けてもらいたい。
 クレーターをつくるには、はやぶさから分離した衝突装置を上空で爆発させ、飛び出した金属弾を地表に打ち込まなくてはならない。最高難度の技術を打ち立てたのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の依頼を受けた福島県内の企業だった。
 西郷村にある日本工機白河製造所は普段、ダム建設工事の爆薬装置を造っている。はやぶさの衝突装置の構造をみると、円すい形の容器に爆薬を詰め、底を円形の銅板でふさいである。爆発の衝撃で銅板がはがれ、重さ2キロの球形になって表面に突き刺さる。
 設計開発の苦労は並大抵のものではなかった。爆薬を容器に詰めるのに当たり、隙間なく均一の密度にしておかないと狙い通りに丸く変形しないそうだ。
 東日本大震災の激しい揺れで工場の操業がストップし、福島第1原発事故による物流の遮断に遭いながら、コンピューターを動かして検討を繰り返したという。
 円すい形の容器は精密部品製造のタマテック(鏡石町)が受け持った。密閉性を重視し、素材をアルミニウムからステンレスに変更、厚さを1ミリと極限まで薄くした。両者で作業を分担し、クレーター造成作戦を進めてきた。
 日本工機の担当者は「震災を理由に納期を遅らせれば迷惑をかけると思った。十分な深さのクレーターができて良かった」と謙虚に話す。このほか、りゅうぐうの表面温度を測る機器や地形を読む解析ソフトの開発に会津大(会津若松市)が加わっている。
 福島発のものづくり技術が実を結んだと言えよう。原発事故に悩む人々を勇気づけ、明るい希望になるといい。
 2010年6月、満身創痍(そうい)で帰還した初代はやぶさに比べ、順調すぎる航海と言える。待ち受ける困難をはねのけて無事に帰る日を待ち続けたい。