2020年東京パラリンピックまで25日であと1年。22日からチケットの申し込みも始まる。障害者スポーツを知り、共生社会への取り組みを一層進める契機としても、五輪同様、成功への準備を進めていかなければならない。

 東京パラリンピックは来年8月25日から9月6日まで13日間、東京都内を中心に22競技540種目が開催され、世界から約4400人の選手が参加する。東北からも多くの選手の出場が期待される。

 首都圏を中心とする会場周辺では、ハード面でのバリアフリー化も進む。大会後にはそれが基準となり、全国に広がっていくはずだ。

 ただ、国民的な関心は直前に行われる五輪に比べ、低さが否めないのは確かだ。

 パラリンピックは第2次世界大戦後の英国で、負傷した軍人のリハビリや治療の一環として行われた大会から始まったという。日本でも一般スポーツは文部科学省所管となっているのに対し、障害者スポーツは厚生労働省が所管となり、「福祉」として扱われていた時代が長く続いた。

 11年8月に施行されたスポーツ基本法で、障害者スポーツの推進を初めて明文化。13年に20年五輪・パラリンピックの東京開催が決まり、障害者スポーツが文科省に移管されたのは翌14年のことだ。15年に文科省の外局としてスポーツ庁が発足し、行政一元化が実現した。

 行政の動きをみても、「福祉」から「競技」という意識の変革は、始まったばかりと言える。

 日本パラリンピック委員会は、「多様性を認め、誰もが個性や能力を発揮し活躍できる公正な機会が与えられている場。共生社会を具現化するための重要なヒントが詰まっている大会」としている。

 さまざまな障害を創意工夫で克服し、限界に挑むアスリートの姿が「社会の中にあるバリアを減らす重要性、発想の転換の必要性への気づきをもたらす」と意義を強調する。

 パラリンピックには、ボッチャやゴールボールなど独自の競技がある。五輪は陸上100メートルの金メダリストが男女1人ずつだが、東京パラリンピックでは100メートル決勝が男女で30近くある。障害の部位、程度などによりクラス分けが行われ、それぞれのクラスで金メダリストが生まれる。

 また、パラリンピックは、障害者スポーツすべてを包括しているわけではない。採用されていない競技、実施されない種目はある。

 ろうの競技者による「デフリンピック」、知的障害者の「スペシャルオリンピックス」という別の総合スポーツ大会もある。まだまだ知られていないことは多い。

 東京開催を前に、より多くの人がパラリンピックや障害者スポーツを学び、触れる機会を持つことで、1年後の大会でさまざまな「気づき」を生むはずだ。