東日本大震災からの「心の復興」は誰のためか。津波で自宅が全壊し災害公営住宅に暮らす被災者が言った。「支援への感謝の気持ちはうせ、『なぜ自分がこんな目に』という恨みだけが募る」。後退する心をもう一度前に向かせるすべはあるのだろうか。

 震災犠牲者が関連死を含め3972人(1月末現在)に上る石巻市の今を俯瞰(ふかん)する。

 同市雄勝町では高さ約10メートルの防潮堤が距離を延ばす。巨大な壁に守られた復興拠点エリアには4月、観光施設が開業する。新しいまちの誕生にもかかわらず、地域の高揚感は乏しい。人の気配が全くないからだ。復興計画の進捗(しんちょく)率では測れない現実がある。

 地域経済に目をやる。大手造船業者や水産加工業者の倒産が相次ぐ。グループ化補助金を活用し、再起したものの売り上げが伸びない。商品開発、業務転換、技術力の向上。懸命な努力にもかかわらず債務が募り、事業継続を断念する企業が後を絶たない。

 そこに、新型コロナウイルス禍がとどめを刺すように広がる。主要ホテルは宿泊の6割、宴会の8割を失った。出張や歓送迎会の自粛による。「震災の時と違い、人も物もライフラインもあるのに営業ができない」。宴会場を抱える飲食業者が嘆いた。

 被災地に荒涼感が深まる。「心の復興」を図るべき土台がどんどん縮小していく。

 宮城県の災害公営住宅は100%が完成した。石巻市では最大1万6788人が住んだプレハブ仮設住宅の居住者がゼロになった。ついのすみかを得た先に幸せはあったのだろうか。

 同市の災害公営住宅は半数が1人暮らしで、高齢化率は42.84%(2019年3月末現在)に達し上昇を続ける。孤立、孤独死と隣り合わせの人々は少なくない。自殺者は増加傾向にあり、全国の流れと逆行する。アルコール依存など自殺のハイリスク群が拡大している可能性がある。

 被災者の心のケアを政治や行政は声高に唱える。声の大きさと反比例するように、暮らしがすさんでいく。

 政府は昨年12月、20年度で終了する復興・創生期間後の復興方針を閣議決定した。地震・津波被災地は25年度までに事業完了を目指すという。心のケアへの支援は続けるが補助金の縮小は必至だ。民間の被災者支援活動への助成は年々減っており、存続が危ぶまれる取り組みも出ている。

 被災者を置き去りにポスト復興の動きが顕在化している。一方で、9年の歳月は行政計画を進めるには十分でも、人間の復興には到底足りないことが改めて浮き彫りになっている。

 宮城の復興は途上にある。その認識を政治や行政、そして震災を忘れかけた人々と共有したい。鬱々(うつうつ)と日々を過ごす被災者の心を前に向かせるために、もう一度、社会が本気になる必要がある。