幼い命をなぜ虐待から救えなかったのか。虐待のない社会をいかにつくるのか。痛ましい事件から教訓をくみ取り、悲劇を二度と繰り返さないよう、対策を確実に進めなくてはならない。

 千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)さん=当時(10)=を虐待し死亡させたとして、傷害致死罪などに問われた父勇一郎被告の裁判員裁判で、千葉地裁は懲役16年の判決を言い渡した。

 同種事件では異例の重い量刑が科された。弁護側は「しつけが行き過ぎた」と情状酌量を求めたが、判決は「尋常では考えられない凄惨(せいさん)な虐待だ」と非難し、「酌量の余地はない」と退けた。

 判決は虐待について、理不尽な不満のはけ口だったと指摘し、被告は支配欲から虐待を加え続けたとした。被告は心愛さんに十分な睡眠や食事を与えず、長時間立たせたり冷水を浴びせ続けたりして、死に至らしめたという。

 児童相談所(児相)の職員を畏怖させるなど「社会的介入を困難にした全ての責任は被告にある」と判決は断じた。だが、児相や教育委員会には、そうした親からも子どもを守る責任がある。行政の側にも落ち度があったことは否定できない。

 市教委は、心愛さんが被告の暴力について「先生、どうにかできませんか」と訴えた学校アンケートの写しを被告本人に渡すというミスをした。事態が悪化する要因となった。児相は心愛さんを一時保護していたが、危険性を十分に検討しないまま保護を解除している。

 心愛さんは多くのSOSを発していたのに、必死の訴えはことごとく見過ごされた。先に公表された野田市の検証報告書は、児相や市が介入すべき機会は少なくとも13回あったと指摘し、「頼れる大人が一人でもいたら救えたはず」と記している。

 学校や行政機関は連携不足や危機感の欠如から、適切な対応ができなかった。再三にわたって命を救う機会を逃した周囲の大人たち、とりわけ公的機関に所属する大人の責任もまた重い。

 各市町村には児相や学校、警察などで作る要保護児童対策地域協議会が設置されている。野田市の協議会は心愛さんの情報を共有していた。漫然と運営されていないか、実効性のある仕組みとなっているか、各協議会は連携を再確認するべきだろう。

 事件を受け児童虐待防止法が改正され、4月から親によるしつけ名目の体罰が禁止される。ある民間調査では、大人の約6割がしつけで体罰を容認しているという。

 親の意識改革が求められるのはもちろんだが、体罰禁止の啓発だけでは不十分だ。体罰を加えてしまう親や育児で悩む親が相談し、支援を受けられる体制づくりが欠かせない。体罰や虐待の原因を取り除く取り組みも重要となる。