この夏に予定されていた東京五輪・パラリンピックの1年程度の延期が決まった。新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大している現状を考慮すれば、予定通りの開催は極めて困難だ。延期はやむを得ない選択である。

 開催を延期するかどうかについて国際オリンピック委員会(IOC)は、4週間以内に結論を得るとしていた。しかし、中止論さえくすぶり始めた中で、早めに延期を決定できたのは、むしろ評価すべきかもしれない。

 仮に中止という事態になれば、これまでの準備が水泡に帰すだけでなく、経済的な損失があまりにも大きい。IOCにとっても莫大(ばくだい)な放映権料が得られない上に、今後は中止のリスクから誘致する都市がなくなる恐れもある。

 中止ではなく、延期という結果に対して、現段階では安堵(あんど)すべきなのだろう。とはいえ、予定通りの開催とは比較にならない多岐にわたる困難な課題を東京五輪・パラリンピックは抱え込んだ。

 過去に例のない事態に、組織委員会、国、東京都、そして国民が一致して、課題の解決に取り組まなければならないだろう。難題を一つ一つ粘り強く解決していく姿勢こそ復興五輪の名にむしろふさわしいのではないか。

 まずは何よりも新型コロナウイルス感染症の終息を急がなければならない。幸いにも現時点の日本は欧州や韓国などに比べると、爆発的な流行は抑え込んでいる。開催国として速やかな終息に向けてこのまま全力で取り組みたい。

 問題は各国の感染がいつ収まるかだ。1年後にまだ流行中の国や地域が残る可能性は否定できない。選手派遣に支障が出る場合もあり得よう。既に感染が広がった国への医療支援を先進各国が協力して行うべきだ。医療体制が不十分な国への支援も同様だ。

 延期によって生じる難題は選手選考の在り方や会場の確保、膨大な金額に上る追加経費の発生、他の国際スポーツ大会との日程調整などだ。いずれも、これまで以上に難しい交渉や調整が必要になる。

 IOCに関しては、予算の7割を放送権料が占め、その大部分を米国のテレビ局が負担する商業主義の弊害が指摘されてきた。延期に際して忘れてならないのは、選手ファーストの精神だ。祭典の主役となるアスリートへのさまざまな配慮も求められる。

 東日本大震災の被災地にとっては、聖火リレーの中止は誠に残念な事態である。しかし、五輪延期という困難な状況と新型コロナウイルスの世界的な流行に立ち向かう姿を見るのも、被災地の住民の励みになるのは間違いない。

 五輪に向けた準備は振り出しに戻った。山積する難題を考えれば、マイナスからのスタートと言えなくもない。前代未聞の五輪延期で試されるのは、危機に対する私たちの対応能力でもある。