仙台湾沿いの貞山堀に思い出のある人は多いだろう。400年前、木材を運ぶ水路を宮城県南で掘り、明治期に仙台市内まで延ばして舟運やシジミ漁を盛んにした。

 東日本大震災の津波は全長30キロを超える日本最大の運河をものみ込んだ。底にはいまも、がれきや流木、石がごろごろと沈む。船やボートのにぎわいは見られなくなった。 この春、堀の管理者である県が、一部の流域で堆積物を撤去する工事に着手する。たまっていたヘドロと共に底をさらい、船の航行を可能にする「大掃除作戦」である。

 しかし、しゅんせつ工事を行うのは県南地域などにとどまる。仙台市内では行われないという。歴史遺産で知られる貞山堀をまとめて復旧整備してこそ、震災からの復興を全国に発信できよう。

 県は工事の範囲を堀全体に広げてほしい。長い水路が船で1本につながり、活況がよみがえるよう機能を強化してもらいたい。仙台市も県任せにせず、地元自治体として進んで関わるべきだ。

 工事の区間は、名取市閖上から岩沼市の阿武隈川河口の手前まで。木曳堀(こびきぼり)と呼ばれる15キロを対象にする。

 名取市では復興の証しとして、堀を使って海辺やゆりあげ港朝市などを結ぶ遊覧船の構想が動きだしている。

 大型船も行き来できるようにしてほしいと、地元から強い要望と働き掛けがあり、県も応えた形だ。

 他方で仙台市内の新堀(9キロ)については、地元から要望がなく、船利用の実績も乏しいとの理由で事業化されなかった。

 ただ、宮城野区の新浜地区では木造船をこしらえ、海浜と陸の両岸を渡すイベントが恒例行事となっている。

 貞山堀ファンでつくる市民団体は新浜から南の若林区荒浜を通り、閖上辺りまで小型船を運航する構想を立てるなど、ささやかながら堀を生かす息吹が芽生えている。

 舟運復活を目指し、しゅんせつを望む声は大きい。船を所有する新浜の住民は「エンジン付きの船を動かすには、1メートルほどの深さが必要。場所によって15~30センチしかなく、支障を来す」と困り顔だ。

 仙台市の沿岸では今後、にぎわいをつくる事業も始まる。被災者の土地を市が買い取り、市民や企業に貸す「集団移転跡地の利活用事業」では3月現在、募集した面積の99%に当たる5地区33区画の顔ぶれが決まった。

 子どもたちと自然観察や体験学習を楽しむ農園、観光果樹園などがオープンする。震災前に暮らしていた住民の手によるものも少なくない。

 里浜を知る人々と船下りをセットに活用すれば交流を生み、相乗効果も見込めよう。仙台市の役割は重要である。 県南地域との差が広がらない前に早期のしゅんせつ、船着き場などの一体整備に向けて動きを速めてほしい。