学校法人「森友学園」を巡る財務省の公文書改ざん問題で、自殺した近畿財務局職員の妻が、国と当時の理財局長だった佐川宣寿氏に損害賠償を求める訴えを起こした。

 公表された職員の手記には、本省の指示で改ざんされていく過程が生々しく記されていた。

 命を犠牲にしてまで職務に当たったのにもかかわらず、現政権は済んだことのようにして幕引きを図る。妻にとって、これほど不条理と感じることはなかっただろう。

 いまの国会の焦点となっている「桜を見る会」の公文書管理や検事長の定年延長問題でも、ずさんな対応があらわになっている。

 森友問題にふたをしたことが隠蔽(いんぺい)体質の温存につながり、長期政権のおごりと相まって、おざなりの政権運営を日常のものにしている。

 手記では新たな事実も詳細に語られている。一昨年6月に公表された同省の調査報告書と別の事実が出てきたのだから、佐川氏を国会で再び証人喚問するとともに、不明な点を再調査し、白日の下にさらすべきだ。

 それが、批判に耳を傾けない政権の体質、何でもうやむやに終わらせる政治との決別になることを望む。

 手記で注目されているのは人づての伝聞としながらも、「森友学園を厚遇したと取られる疑いの箇所は全て修正するように指示された」というくだりである。

 もう一つは、会計検査院の検査に対する対応について、「できるだけ資料を示さない。検討資料はないと説明するよう本省から指示された」と書かれている。

 真実であれば、行政としてあり得ない恣意(しい)的な政策遂行と予算の不明朗な執行が疑われる事態と言える。

 手記を受け、野党は再調査を求めたが、安倍晋三首相は「財務省の調査報告書と同じ趣旨の内容であり、齟齬(そご)はない」と拒否している。

 麻生太郎財務相も「新しい事実が判明したと理解していない。再調査を行う考えはない」との立場だ。

 果たしてそうだろうか。報告書では「佐川氏が改ざんの方向性を決定付けた」と認定したものの、具体的な指示の有無に触れないなど、肝心な点は抜け落ちている。

 報告書の項目に「今後、新たな事実関係が明らかになった場合、さらに必要な対応を行う」とも明記されている。 諸事の経緯を記した手記を前に、同じ中身だから再調査をしないと言うならば、その理由を示してもらいたい。

 具体的にどこがどう違わないのか、なぜ再調査の必要性に該当しないのか。しっかりとした言葉で説明責任を果たすべきだろう。

 首相らは、職員の死を悼む言葉を連発する。しかし、求められているのは、真実を知りたいとの声に応えること。その一点に尽きる。