石巻市大川小津波訴訟の控訴審で仙台高裁は4月26日、市教委と学校の組織的な過失を認め、市と宮城県に約14億円の賠償を命じる判決を言い渡した。「学校防災が大きく前進する」「教育現場に重責を課しすぎている」。判決は賛否が分かれるが、「学校と命」の在り方を再考し、二度と悲劇を繰り返さないための契機と捉えたい。(報道部・斉藤隼人)

 何度も大川小を訪ね、胸に問う。「あの日、自分が先生だったら、子どもたちを救えたか」と。巨大地震の恐怖に震え、目の前には約100人の児童がいた。裏山は目の前だが、万が一、余震で崩れたら…。校庭で過ごす45分はあっという間だったのかもしれない。
 仙台高裁は「救えた命」と判断し、鍵は「震災前の備え」だと明確に示した。
 判決は当時、宮城県沖地震(連動型)が近い将来、高い確率で起きると叫ばれていた事実を踏まえ、対策が十分だったかどうかを検討した。想定通りの地震が起きれば、揺れや津波で堤防は壊れる恐れがあったのに、避難場所さえ決めていなかった校長ら学校側の過ちを指摘。市教委にも防災対策を確認・指導してこなかった落ち度を認定した。
 司法は「学校は安全で、安心して児童を通わせられる場所でなければならない」という法解釈を全ての判断の根底に据えた。それは、子を持つ親にとってごく当たり前の信頼だった。
 一審の仙台地裁は襲来直前の「7分前」に津波を予見でき避難判断を誤ったとして、現場にいた教員だけに責めを負わせた。一方、高裁判決は学校側が適切に防災に努めていれば「1年前」には危険を認識できたと認めた。事故原因の本質を見極め、従来の津波訴訟より大きく踏み込む判断は、犠牲となった教員や遺族が背負ってきた重荷を解くことにもなった。
 1年半前、亀山紘市長と村井嘉浩知事はそろって「亡くなった教員の責任にするのは酷」と控訴に踏み切った。高裁は教員個人ではなく、市教委と学校の組織的な過失へと転換した。控訴の理由は消え、逆に組織全体の責任が厳しく問われる格好となった。
 大川小事故で「組織」の在り方は、市教委の心ない事後対応を含めて当初から一貫して問われていた。1月23日の口頭弁論で、遺族の女性は「教員は本来間違っていることを正し、諭し、導く職業のはず。それなのに間違っていると分かっていても『正しい』と言い、見たくないものは見えないふりをする」と語り、大川小事故を巡る教育組織の姿勢を批判した。
 組織に属せば、最も大切なものが見えなくなることがある。石巻市教委と大川小はそれが「命」だった。
 判決は教育関係者一人一人に命を預かる覚悟を強く問うてもいる。重い責務を自覚し、司法が求める水準と現実との間に乖離(かいり)があるのならば、国をはじめとした教育行政は早急に環境を整備すべきだ。石巻市と宮城県は、その先頭に立ってほしい。
 判決が言い渡される直前、高裁に隣り合う小学校から元気な歌声が聞こえた。「あはは」と笑いながら、小さな手を大きく振っている。当たり前の光景が、大人たちの怠慢によって一瞬にして奪われてしまうことを「大川小の悲劇」が物語っている。
 学校は、今度こそ安全で安心できる場所に変われるだろうか。市と県は、事前防災の不備によって未来を奪われた74人の児童と10人の教職員の無念に真摯(しんし)に向き合ってほしい。