東日本大震災の津波で児童・教職員計84人が犠牲になった宮城石巻市大川小を巡る損害賠償請求訴訟は、被告の市と宮城県が上告し、最高裁で争われることになった。仙台高裁判決は学校と教育委員会に、「河川堤防は万全ではない」との防災知識を求めた。専門家は「河川沿いに立地する学校は多く、全国で早急に考えなければならない」と警鐘を鳴らす。(大川小事故取材班)

<液状化に言及>
 「当時想定されていた宮城県沖地震(マグニチュード8.0)が起きれば、揺れや遡上(そじょう)津波で堤防が損壊し、大川小が浸水する恐れがあった」。高裁判決はこう指摘し、市教委と学校が避難場所などを事前に決めていなかったことを過失とした。
 「地震の揺れや津波で堤防は壊れ得る」との知識は、当時の教育関係者に浸透していたか。亀山紘市長は「学校や市教委が津波浸水を予測するのは不可能に等しい」、村井嘉浩知事は「過大な義務だ」とそろって批判した。
 しかし、石巻市は2008年、大川小より約2キロ上流にある同市福地など広範囲にわたる堤防沿いの地域を「津波避難対象地区」に指定しており、高裁は「市自身、堤防が壊れ、浸水被害が生じると予測していた」と判断した。
 震災前、地震で堤防が壊れ、津波が浸水したケースは度々あり、複数の文献で紹介されていた。判決は(1)1964年の新潟地震(2)83年の日本海中部地震(3)93年の北海道南西沖地震-を挙げ、いずれも液状化などで堤防が損壊した後に遡上津波が押し寄せ、陸側が浸水したことに言及した。

<「予測できた」>
 78年の宮城県沖地震(震度5)でも大川小近くの北上川堤防が約80センチ沈下し、亀裂や段差が生じた。「(高い確率で起きるとされた)次の宮城県沖地震で大川小周辺は『震度6強』が想定され、堤防が壊れる危険は予測できた」。判決はこう認定した上で、校庭を少し掘れば水が出るなど大川小周辺が液状化しやすい地盤だったことにも触れた。
 大川小は市津波ハザードマップで浸水予想区域外だった。津波は学校近くの河川を高さ3メートルで遡上し、高さ約5メートルの堤防より低い想定だったが、判決は「地震の影響や川を逆流する場合に堤防に働く水の力が考慮されていない」と指摘した。マップについても「児童生徒の安全に直接関わり、市教委と学校は独自に信頼性を検討する必要があった」と判断した。
 河川遡上津波に詳しい滋賀大の藤岡達也教授(学校安全)は「河川沿いで地形条件の悪い学校は非常に多く、豪雨災害などでも被害は繰り返されてきた」と説明。南海トラフ巨大地震などへの備えについて「学校だけでなく、社会全体で河川遡上津波の怖さを共有することが重要だ。学校や教育委員会は専門家の協力も得ながら、最悪を想定した災害への備えが求められている」と語った。