児童74人と教職員10人が死亡・行方不明になった石巻市大川小に襲来した東日本大震災の津波が、これまで推定された時刻より5~6分早い2011年3月11日午後3時31~32分ごろだった可能性があることが分かった。地震は同2時46分に発生し、津波の第1波は約51分後の同3時37分ごろに到達したとされてきた。東北大災害科学国際研究所の今村文彦教授(津波工学)らが最新の計算手法を用いてコンピューター解析した。(大川小事故取材班)

 解析は、河北新報社が今村氏に依頼。今村氏と同研究所の山下啓准教授(津波工学)、ふじのくに地球環境史ミュージアム(静岡市)の菅原大助准教授(地質学)が実施した。

 解析による津波の到達時刻は表の通り。流速は最速で時速約40キロ。津波は北上川をさかのぼり、陸地側からも海岸の松原や家屋を倒し、砂州も破壊しながら遡上(そじょう)した。

 北上川の津波は新北上大橋に引っ掛かった松やがれきにせき止められ、堤防を越えて大川小側に浸水。地震発生から45~46分後の午後3時31~32分ごろ、学校周辺で陸上遡上津波と合流して高さ8メートル超となり、校舎を襲った。津波は裏山ではね返り、校庭で反時計回りに渦を巻いた。

 同36~38分ごろには、大川小東側の釜谷沼方面からはね返ってきた高さ8メートル超の第2波が再び校舎を襲った。

 石巻市の第三者検証委員会は14年2月、校舎内で見つかった三つの時計の平均停止時刻が「午後3時37分」で、時計は陸上遡上津波で停止したとの見方を示した。大川小津波訴訟の仙台地裁、仙台高裁判決は同37分ごろ、津波が学校を襲ったと認定した。

 時計の停止時刻との差について、今村氏は「釜谷沼で反射し、校庭側から入った第2波によって三つの時計が止まった可能性がある」と指摘した。

 一方、北上川の堤防道路「三角地帯」を襲った津波の高さは、解析では証言より低かった。今村氏は「今後も調査を続け、より精度の高い解析をしたい」と話した。

[解析の手法]国土交通省が太平洋上に設置した衛星利用測位システム(GPS)波浪計、大川小周辺の地形や津波の痕跡、証言などを基に解析。陸地や河川の浸食、土砂の堆積、松原の流出状況、新北上大橋によるせき止め効果なども考慮し、東北大や東大地震研究所が開発した計算式や波源モデルを用いて津波の動きを再現した。