「古代牡鹿郡をおさめた人々」をテーマに東松島市文化財講演会(市教委主催)が13日、矢本西市民センターで開かれた。100人を超す歴史ファンらが聴講し、古代東北地方の歴史解明の鍵を握るとされ、市が国の史跡指定を目指す赤井遺跡と矢本横穴墓群の文化財的価値に理解を深めた。

 志小田美弘教育長はあいさつで「30年以上に及ぶ調査で貴重な遺構、遺物が発見され、古代牡鹿郡の役所跡などが明らかになった。その価値は高く、国の史跡指定に向けて準備を進めている」と強調した。

 講演では、県多賀城跡調査研究所上席主任研究員の村田晃一氏が「考古資料からみた古代牡鹿郡の人々」、新潟医療福祉大教授の奈良貴史氏が「人骨からみた古代牡鹿郡の人々」と題し、それぞれ研究の取り組みを紹介した。

 村田氏は1986年からの遺跡発掘調査などを踏まえ、「牡鹿を含めた黒川以北十郡は7世紀後半~8世紀中頃にかけて律令国家の最前線であり、日本史上まれに目視できる国境線を形成した」と指摘した。

 さらに「東西1.7キロ、南北1キロの遺跡は西に倉庫院、東に材木塀や大溝が囲む城柵があり、牡鹿柵と考えられる」とした上で、「吉田、鳴瀬川など水上交通の要であり、出入り口の河口近くには管理、掌握するための拠点でもあった」と推察した。

 その上で「城柵の造営、維持に加え、担った人々の墳墓、治めた有力氏族を具体的に把握できる希少な地域だ」と高く評価。「未確認の政庁をはじめ、主要施設の厨、門などの位置の確認が求められる」と今後の調査に期待した。

 市教委技術監兼学芸員の尾形祐之氏が、遺跡調査を踏まえて基調報告。蝦夷を支配下に取り込む軍事的施設機能も持つ牡鹿柵や、関東から移住して牡鹿郡を治めた有力者の丸子氏(のちの道嶋氏)や貴重な遺構、遺物について説いた。