東日本大震災の津波で被災し、2031年3月まで県有化されている宮城県南三陸町の防災対策庁舎を巡り、町民有志が在り方を議論する「防災庁舎について考える会」を発足させた。町が15年に県有化を受け入れて以降、住民主体の議論の場は初めて。町職員33人を含む43人が犠牲となり、保存か解体かで揺れた庁舎について年代や立場を超えて意見を交わし、県有化終了後の判断材料の一助とする。

 考える会は町議の後藤伸太郎さん(41)が発起人。15年に町と町議会に提出された庁舎県有化を求める請願の紹介議員の一人で、請願者の30~40代の町民3人と発足の準備を進めた。

 初会合は7日夜に町生涯学習センターであり、19~71歳の25人が参加した。後藤さんは「多くの年代の人を巻き込んで議論を重ね、会としてのゴールも一緒に考えていきたい」と述べた。

 志津川地区にあった庁舎は高さ15.5メートルの津波に襲われ、今も3階建ての骨組みが残る。町は13年に財政負担や遺族の声を踏まえて解体を決めたが、その後、県が有識者会議の答申を受けて県有化を町に提案。15年に町議会が県有化を求める町民の請願を採択し、町も受け入れた。

 参加者は県有化までの経緯を踏まえ、庁舎に対する思いや考え、議論の在り方について意見を交わした。

 震災語り部の経験がある60代男性は「庁舎を遺構として残すことは大切だが、見たくない人もいる。町民にとってデリケートな問題なので、気持ちは揺れている」と話した。教員を務める50代男性は「未来の命を守るため、防災教育の視点で庁舎の在り方を考える必要がある」と指摘した。

 庁舎で町職員の夫を亡くした女性は「県有化によって、震災時に子どもだった人たちが意見を言える機会ができた。年代ごとに議論し、問題を整理する必要がある。遺族の意見を聞く場もつくってほしい」と要望した。

 考える会は3カ月に1回ほどのペースで会合を開く予定。後藤さんは「議論の一歩を踏み出せたことに意義がある。庁舎が保存や解体、それ以外の選択になるにせよ、町民で広く議論した上での決定でないと意味はない」との考えを示した。