東京電力福島第1原発事故に伴う南相馬市小高区の避難指示がほぼ全域で解除されてから、12日で丸3年を数える。この間に交流センターのような復興拠点施設が完成し、スーパーが開店。農地再生も進む。一方で汚染土の再利用や市立小高病院の病床再編が憂鬱(ゆううつ)な影を落とす。
(南相馬支局・佐藤英博)

 小高区西部の羽倉(はのくら)地区で行政区長を務める相良繁広さん(68)に昨年暮れ、寝耳に水の計画が降りかかった。地区を通る常磐自動車道の一部4車線化工事の盛り土に汚染土が使われるというのだ。
 「汚染土を地元で使えというのは理不尽。放射線量が高くて、危ないから剥いだんだろう」
 環境省の地元説明に懐疑と不信が増幅する。反対論の先鋒(せんぽう)に立ち「2年で辞める」はずの区長職は引けなくなった。
 建築業を営んできた。長男夫婦や孫ら9人とにぎやかな暮らしがあった。避難で生活は一変。避難中に92才で亡くなった父は震災関連死とされた。
 避難指示解除を受け、戻ったのは自分と妻、次男の3人。「長男らは、いつかは小高に戻ると約束してくれている。将来帰ってくる子どもたちに汚染土の風評を残しちゃならない」
 汚染土は今の仮置き場から3~5年以内に福島県双葉、大熊両町の中間貯蔵施設へ運ぶ約束。30年以内に県外で最終処分と法律に明記してある。中間貯蔵施設の用地確保や搬入が進まないため、量を減らす意味でも国は公共事業への活用を描く。
 市議会6月定例会で、渡部寛一市議(共産)が桜井勝延前市長の2016~17年度の出張復命書を示しながらただした。
 桜井氏は環境省や国土交通省の幹部と会い「常磐道4車線化の資材に活用すべきだ」と、放射性セシウム濃度が基準値(1キログラム当たり当初3000ベクレル、現在8000ベクレル)以下の土壌の積極利用を求めていた。
 同じ文脈の中に、小高区の常磐道へのスマートインターチェンジ(IC)整備を求めるくだりもある。汚染土再利用の見返りとも取られかねない。
 復命書には、桜井氏の要請に「地元の信頼が得られない。難しい面もある」とむしろ国側が慎重姿勢を示す場面もあった。
 渡部市議は「小高区の汚染土再利用案が明るみに出た後、桜井氏から電話があって『反対するな』と言われた。なぜそこまで再利用にこだわるのか」と首をかしげる。

 桜井氏は3期目を懸けて臨んだ昨年1月の市長選で落選した。同氏は「除染で生じた土壌は今も仮置き場からなくなっておらず、中間貯蔵施設へ運ぶ見通しも立たない。安全性が立証された土壌は使うべきは使い、いち早く仮置き場をなくすべきだ。農地再生もはかどる」と持論を展開する。
 環境省福島地方環境事務所は、小高区での汚染土再利用案について「引き続き検討している」との立場を崩さない。負の遺物を巡る再利用派と反対派の分断は根深く、感情論も絡まり複雑に渦巻いている。