東日本大震災の当日、徒歩や自転車で逃げた人たちにとって、避難車両は時に、津波と同じように危険な存在だった。

 事故は、渋滞のさなかに起きた。

 地震から約30分後の午後3時15分ごろ。石巻市松並1丁目の市道交差点を自転車で横断中の男性=当時(62)=が、クレーン車にはねられた。冷たい雨が降っていた。

 国道398号に向かう市道は、車列が2車線を埋め、信号は停電で消えていた。宮城県警によると、クレーン車は目の前の渋滞を避け、左折したところだった。

 近くに住む遠藤良一さん(58)は、歩いて高台に逃げる途中に事故を目撃した。車の下に自転車ごと巻き込まれたのか、男性はぐったりしていた。「何度も救急車を呼ぼうとしたけれど、携帯電話が通じなかった」

 しびれを切らした別の住民が近くで起きた火災現場に走り、消防隊に訴えた。「パチンコ屋の前あたりにけが人がいる!」

 無線連絡を受けた石巻消防署の救急車が渋滞をすり抜け、交差点に着いたのは午後3時42分ごろ。氷雨は雪に変わろうとしていた。

 「津波だー!」。救急隊の3人は叫び声を聞いた。救急車から降りたのとほぼ同時だった。

 背後から2階以上の高さの波が迫ってきた。道の反対側にいるけが人の元に行くゆとりはない。3人はパチンコ店の立体駐車場を最上階(高さ約10メートル)まで駆け上がった。付近の浸水高は4~6メートルに達した。装備を積んだ救急車もほかの車とともに流された。

 事故に遭った男性は、そばにいた石巻署員がとっさに別の建物の2階に運び込んだ。救急隊は翌朝、救命に当たったが、男性は息を引き取った。

 人身事故があった交差点の北にある国道398号も、高台に向かう車で動かなかった。

 津波が来る直前、付近では、渋滞に割り込もうと前方の車にぶつかったり、こすったりする車が後を絶たなかった。

 近くのガソリンスタンドで働いていた斎藤健太さん(28)は、車がぶつかり合う「ガツン、ガツン」という音を何度も聞いた。

 接触した方も、接触された方も、誰も車から降りてこない。異様な光景だった。

◎不安、焦り、運転散漫/極限時、事故隣り合わせ

 避難中の車による事故は、津波が事故現場や車両を流し去ったため、ほとんど明らかになっていない。

 岩手、宮城、福島の各県警によると、震災当日、地震発生から津波が来るまでの間に沿岸部で発生した避難車両の交通事故は、2件しか確認されていない。

 人身事故は、石巻市の死亡事故1件。物損事故は、いわき市で津波から逃げようとUターンした車が、別の車に衝突した1件だけだった。

 津波避難に伴う混乱で、通報されるはずの事故が埋もれた可能性も否定できない。宮城県警交通企画課は「あの日は停電に加え、110番も通じない状態が続いた。把握しきれていない事故はあるはずだ」とみる。

 昨年12月7日夕。長く、強い揺れがまた被災地を襲った。宮城県沿岸には津波警報発令を告げるサイレンが鳴り響いた。

 「東日本大震災を思い出してください」「可能な限り、高い所へ逃げてください」

 カーラジオから、NHKのアナウンサーが切迫した声で繰り返す。帰宅途中、石巻市中心部の県道で渋滞に巻き込まれた主婦鈴木洋子さん(58)=石巻市門脇=は、ハンドルを握る手に力を込めた。

 海岸からの距離は約3キロ。「ここ、あの日も浸水した場所だ…」。震災の津波で車ごと流され、命を落とした知人のことが頭をかすめた。

 震災当日と違って信号はついているのに、車列はほとんど動かない。津波到達の予想時刻が刻々と迫る。脇道に入ろうとハンドルを切った瞬間。人影に気付き、ブレーキを踏み込んだ。歩行者との距離は数十センチだった。

 鈴木さんは震災当日、自宅にいた。逃げ遅れ、とっさに2階に避難した。1階は約1メートル浸水した。

 ラジオとサイレンを聞いていたらあの日を思い出し、とても不安になった。「安全な場所に行くことばかり考え、運転に集中していなかった」と振り返る。

 宮城県警によると、この日、地震発生から約2時間後の津波警報解除までに、同県沿岸部で避難中に起きた人身事故は少なくとも2件あり、ともに被害者は軽傷だった。

 災害時、人は自分の命を守るため、我先に避難しようとする。そんな極限状態では、車は平時以上に「凶器」となりかねない。

[英訳] http://www.kahoku.co.jp/special/spe1151/20150108_01.html