洪水や土砂災害、津波などの被害を予測し、その範囲を図で示す「ハザードマップ」。東日本大震災では、自治体が各戸に配布したマップの浸水想定範囲外で、多くの住民が犠牲となった。

 釜石市鵜住居地区にあった佐藤勲さん(75)の自宅は、大槌湾に臨む海岸から1.5キロほど離れていた。激しい揺れに「津波が来る」と感じたが、大したことはないだろうとも思っていた。

 町内会役員として地域の防災訓練などに携わり、自宅が浸水想定範囲から1キロ近く外れていることを知っていた。

 「避難しても、すぐに家に戻って来られるだろう」。妻の千佳子さん(70)と非常用のリュックを持って外に出ようとしたが、薬を忘れたことに気づき、引き返した。

 自宅を出ると、近所の男性と会った。「ここまで(津波は)来ねえが」と、男性はのんびり構えていた。

 揺れから10分が経過していた。ふと自宅前の川に目をやると、水の塊がさかのぼってきた。「逃げねばだめだ」。佐藤さん夫婦は男性と一緒に一目散に走った。

 とにかく高い所へ、と近くの介護施設「ございしょの里」の裏の山に向かった。既に川からあふれた濁流で愛車が流され、自宅の壁にぶつかっていた。波に追われるように、山にたどり着いた。振り返ると「浸水想定域外」にあったはずの自宅と近所の家々が、波に漂っていた。

 佐藤さんと同じ町内に暮らした93世帯約180人のうち、40人以上が犠牲になった。避難しなかったり、自宅2階への避難にとどまったりした人が多かったとみられる。

 大槌湾周辺では、400人を超す死亡・不明者のうち、浸水想定範囲外の住民が8割に上る。釜石市防災危機管理アドバイザーの片田敏孝群馬大大学院教授(災害社会工学)らの調査で明らかになった。

 市民のうち、震災以前にマップで「自宅が浸水想定域外にあることを把握していた」のは29.8%だったのに対し、「想定域内にあることを把握していた」は11.3%だった。

 想定域外に住む人ほど、そのことを強く認識していたことから、片田教授は「マップが安心材料となり、避難行動に抑制をかけた可能性は高い」と分析する。

 ハザードマップはあくまで一つの想定であり、決して「安全確認マップ」ではない。マップの使い方について、震災は重い教訓を残した。

 釜石市の山崎義勝危機管理監は「想定域の内外にかかわらず、避難行動が重要であることを周知徹底しなければならない」と話す。

◎地図作成、進む理解/「どう避難」考える住民

 震災ではハザードマップそのものよりも、マップを作った経験が避難に役立った地域がある。

 太平洋に突き出した宮城県七ケ浜町花渕浜地区。自主防災会副会長の鈴木享さん(59)は、漁港近くの自宅で地震に遭った。津波の到来を予感し、揺れが収まるとすぐ、同性寺に向かった。住民らで決めた一時(いっとき)避難場所だった。

 境内には鈴木さんを含めて住民47人が避難していた。間もなく、ラジオが告げた。予想される津波の高さは5メートル以上。

 鈴木さんは、寺が3メートルほどの高さだと知っていた。「ここは水没する」。高台の墓地への避難を住民に呼び掛けた。全員が二次避難を終えた20分後、寺に津波とがれきが押し寄せた。

 津波の高さは6メートルに達し、12カ所あった一時避難場所のうち3カ所が襲われた。同性寺のほか2カ所でも、住民が危険を察して安全な場所に避難した。

 地区の住民1422人のうち犠牲者は9人で、町内の他地区に比べて少なかった。

 花渕浜は震災の6年ほど前、自主防災会の発足を機に、ハザードマップに地域の標高や避難場所などを詳しく記載した独自の防災マップを作成していた。「住民が話し合い、地域の実情に合った防災マップを作ったことで、どう避難するか一人一人の理解が進んだ」。鈴木さんは振り返る。

 町内に住む宮城豊彦東北学院大教授(自然地理学)のアドバイスを受けた。実用性の高いマップにするため、高齢者も歩いて避難できる避難場所を自分たちで探した。

 宮城県沖地震で想定された津波高3.3メートルを目安に、民家の敷地など12カ所を地区独自の一時避難場所に指定。地図には避難先別に各戸を色分けするなどの工夫を加え、地区の全約400戸に配布した。

 マップに基づいた訓練も定期的に実施。終了後には必ず、一時避難場所ごとに、住民同士が避難のルートなどに問題がないか確認した。「スマトラ沖地震のような大津波が来たらどうする」「一時避難場所から高台を目指そう」。そんなやりとりもあったという。

 自主防災会は、それらの意見を基に避難場所を変更するなどし、10年までに3回、マップを改訂。最新版はA3判にサイズを拡大し、ラミネート加工して配った。

 震災から1週間後、宮城教授は、住民からこんな言葉を掛けられた。「先生が言った通りには津波は来なかったけど、念のため高台に逃げて助かった。ありがとね」

 宮城教授は「マップは道具なので、行政が配るだけでは意味がない。地図を完成させる作業の中で、住民が適宜、地域特性を把握し、万が一の備えを考えることが大事だ」と説く。

[英訳] http://www.kahoku.co.jp/special/spe1151/20150207_02.html