東日本大震災では、身近な場所に、命の危険が潜んでいた。

 震災当日の午後7時10分ごろ、北上市の団体職員藤原良子さん(50)は自宅2階の寝室にいた。懐中電灯を照らし、夫(50)と倒れたたんすを元に戻したところに余震が来た。

 「今回は強い。また倒れるんじゃない?」

 「ここで寝るのは、危ないな」

 そんなやりとりの直後、火事に気付いた。焦げた臭いが漂う。慌てて1階に降りると、リビングの床のあちこちに炎が上がっていた。

 暗がりの中、急いで流し台で座布団をぬらし、かぶせて消そうとした。地震で床に散らかった新聞や雑誌に燃え広がり、愛犬2匹を連れて逃げるのが精いっぱいだった。

 木造2階の自宅は全焼した。リビングのスチールラックの上にともした高さ約10センチのろうそくが、震度3の余震で倒れ、周辺の手袋や帽子に引火したらしい。

 藤原さん夫婦が帰宅した午後7時ごろ、家は停電していた。「取りあえず明かりを」。結婚式で使ったろうそくを思い出した。ろうで皿に固定して火をともし、寝床を確保しようとしていた。

 震災で停電したのは、青森県から静岡県までの最大約871万戸。かつてない規模でろうそくが使われた可能性が高い。

 日本火災学会の調査によると、本震後1カ月間に津波浸水区域外で起きた火災のうち、ろうそくによる火災は少なくとも23件で12%を占める。その半数ほどは、揺れでろうそくが倒れ、出火した可能性があるという。

 白石市では震災当日の夜、住宅など5棟が焼ける火事があり、1人で自宅にいた火元の女性が焼死した。

 室内では、家具や落下物も凶器になる。

 仙台市宮城野区の篠塚初代さん(85)は、自宅で仏壇を掃除していたとき、本震に襲われた。

 宮城野区は震度6弱。次女(58)は必死に仏壇を抑えたが、支えきれない。倒れた仏壇の角が初代さんの顔面に当たり、ほおを数針縫う大けがをした。

 将来の宮城県沖地震に備え、家具の転倒防止対策は済ませていた。仏壇だけは突っ張り棒で固定しなかった。「亡き夫に申し訳ない気がした」からだった。

 太白区のマンションの最上階の12階。大きく揺れる室内で、加藤博子さん(69)は、背筋が凍りついた。高さ2メートルの食器棚と天井の間に取り付けた突っ張り棒がはじけ飛んだ。食器棚は目の前をかすめ、ドーンという音とともに倒れた。

 隣室のたんすにも転倒防止策を講じていたが、震度5強の揺れで、全て横倒しになった。加藤さんは「家具の固定を二重三重にするだけでなく、廊下のように家具のない安全な場所を確保すべきだ」と語る。

 河北新報社の調べでは、地震で転倒した家具の下敷きになり、死亡した人は少なくとも4人いた。沿岸被災地の正確な実態は不明で、津波から逃げる際の妨げとなった可能性もある。

◎地震対策、足元から/地域ぐるみで安全確保

 地震で住人の命を脅かす室内の危険は、一人一人の意識を変えなければ、減らせない。

 大震災の発生当日、石巻市広渕の町下地区は震度6弱の揺れに襲われながら、家具の転倒による人的被害がなかった。

 内陸の約300戸の集落は、室内の安全確保に力を入れてきた。きっかけは、2003年7月26日に最大震度6強を観測した宮城県連続地震だ。

 宮城県で住宅1276戸が全壊。重傷51人、軽傷624人に上った。負傷原因の約4割が家具の転倒とされる。

 震源から2キロの町下地区も、甚大な被害を受けた。教訓を生かそうと、住民有志が地震発生の翌月、お年寄り宅の家具の固定を始めた。「ほこりがたまっているから嫌だ」と拒む人は説得し、家具の転倒防止を施した。

 家具が少ない「セーフティーゾーン」の確保など、室内の地震対策をまとめた「地震瓦版」も発行し、全戸に配った。

 震災当日、一人暮らしの石川利枝さん(71)は木造2階の自宅にいた。タンスなどの家具は固定済みだったが、とっさにセーフティーゾーンと決めていた居間に逃げた。

 他の部屋では、ピアノが2メートルも動いていた。固定金具はほとんど外れたが、家具は倒れておらず、「身の回りの備えが、被害を食い止めてくれた」と地域ぐるみの安全確保策に感謝する。

 地区は連続地震の翌年に町下防災会を設立。毎年7月26日は避難訓練を欠かさない。

 ことしは連続地震から10年を迎える。「何もせずに損をするのは、自分自身。『備えあれば憂いなし』は古びたことわざではない」。事務局長を務める小野寺文夫さん(77)の実感だ。

 震災後、東海沖から九州沖に延びる「南海トラフ」の巨大地震が懸念されている。東北にも長周期地震動が達する恐れがある。特にマンションやビルは、大きくゆったりとした揺れが数分間、持続する。

 工学院大の久田嘉章教授(地震工学)は、震災発生時、東京都内のビル23階の研究室で長周期地震動に襲われた。左右に60センチ揺れ、めまいがするような気持ち悪さが続いた。

 軟弱地盤に立つビルは振幅が激しい。埋め立て地にある大阪府咲洲庁舎55階は、約3メートルも振られ、天井や壁など計360カ所が壊れた。

 東北の被災地では、本震の際、免震構造のビルの被害は少なかった。長周期地震動では逆に、揺れが増幅する可能性も指摘されている。

 「キャスター付きの家具やピアノ、コピー機が移動しやすく、ぶつかれば命にかかわる」と久田教授。「震災で被害がなかったからと安心してしまうことが最も危険だ」と警鐘を鳴らす。(「いのちと地域を守る」取材班)

◎ろうそくをLEDライトに/名古屋大減災連携研究センター准教授(都市防災)・広井悠さんに聞く

 東日本大震災の火災を調べている日本火災学会地震火災専門委員会のメンバーで、名古屋大減災連携研究センターの広井悠准教授(都市防災)に、被災時のろうそくの使用について聞いた。

 −震災で、ろうそく火災が目立った原因は。

 「計画停電も含めて停電が広範囲にわたり、余震も多発したことで、問題が顕在化したと言える。仏壇用のろうそくで代用した人も多かったのではないか」

 −有効な対策は何か。

 「停電イコールろうそくから、停電イコールLED(発光ダイオード)ライトに意識を変えることだ。従来の懐中電灯よりも長持ちする。手頃な価格の物も出てきて、イベントの配布品になるなど急速に普及している。阪神大震災では停電復旧後の通電火災が目立った。ろうそくを使わなければいいだけなので、通電火災よりも解決しやすいはずだ」

 −普及させるにはどうすればいいか。

 「値段はそれほど高くなく、購入助成はなじまない。町内会で一括購入し、各世帯に配るのも一つの手だろう。国などはろうそく火災の危険性をしっかりと伝えていくとともに、震災を契機に備蓄品のリストを見直し、LEDライトを加えるべきだ」

[英訳] http://www.kahoku.co.jp/special/spe1151/20150207_05.html