日本各地に大きな被害を与えた1960(昭和35)年5月のチリ地震津波は、日本では揺れがなく、突然、押し寄せた津波だった。全国の死者・行方不明者は142人に上り、その多くは岩手県大船渡市(53人)、宮城県志津川町(現南三陸町、41人)など、三陸沿岸に集中した。

 地震は5月23日午前4時すぎ(日本時間)、チリ南部で発生した。推定マグニチュード(M)9.5という超巨大地震で、これによって生じた大津波は平均時速750キロという高速で太平洋を横断し、22時間半後の午前3時ごろに太平洋の真向かいにある日本列島の沿岸に達した。津波到達の標高は、三陸海岸で6メートルを超え、家屋の全壊・流失は全国で2830棟、浸水3万7195棟などの被害が出た。

 チリ地震津波のように、非常に遠方で生じた津波が伝播してくる津波は「遠地津波」と呼ぶ。「遠地津波」は【1】強い震動が感じられない【2】到達までに長い余裕時間がある【3】波動の周期が長い【4】長時間継続する―などの特色があり、近海で起こる「近地津波」と区別される。

 チリ地震津波は、日本襲来の7時間前にハワイ島に到達しており、その情報は米軍を通じて日本にも伝えられていたが、警報が出されたのは津波が日本に到達し、各地から潮位の異常変化が報告されてきてからのことだった。チリ地震津波を契機に、アメリカ海洋大気庁(NOAA)の太平洋津波警報センターを中心とした津波システムに日本も組み入れられ、遠地津波に備える体制がつくられた。