◎沖野光伸さん(千葉県浦安市)から真広さんへ

 千葉県浦安市の理容師沖野光伸さん(23)=相馬市出身=は、東日本大震災で3人の兄のうち次兄真広さん=当時(18)=を失った。新地高3年だった真広さんは、宮城県山元町の常磐山元自動車学校に送迎バスで通っていた。帰宅するため、送迎バスに乗車中、津波に襲われた。2011年3月末、父が角田市の遺体安置所で身元を確認した。卒業後は地元の建設会社に就職する予定だった。

 震災から7年11カ月。真広兄ちゃんの年齢を4歳も上回ったよ。インドア派の兄2人と違い、真広兄ちゃんはサッカー選手でアウトドア派。いつも友だちと一緒に外で遊んでいたね。
 何かにつけて僕に絡んできて正直、うざったかったこともあった。でも、たくさん遊んでくれて、怒ってくれて本当にありがとう。
 相馬市塚部の自宅兼理髪店は津波で全壊したけれど、元の場所にちゃんと再建したよ。とてもおしゃれな店になった。
 流された常磐線も復旧し、少しずつ町の風景も元通りになりつつある。ただ、震災から8年がたとうとしている今も、家族で何か良いことがあって集まると「ああ、この場に真広兄ちゃんがいたらな」と思ってしまうんだよ。
 真広兄ちゃんが自動車学校を選ぶ時、「なんであの学校ではなく、内陸側にあった別の学校に行くよう勧めなかったんだろう」と考えてしまう。
 震災の時、僕は高校1年だった。ただ日々を生きていくことしかできなった。
 避難所、仮設住宅での生活を経て真広兄ちゃんと同じ高校3年の2013年3月、お母さんと同じ理容師の道を歩むことを決めた。
 まだ常磐線は再開していなくて、代行バスを乗り継いで2年間、仙台市内の専門学校に通った。15年に理容師の免許を取り、18年10月から千葉県浦安市のヘアサロンのスタイリストになった。同じ専門学校のOBが店長。支店を仙台市に出すことが目標だよ。
 この業界は技術力が命。3年勤めてもまだまだ新人だけど、働きながら美容師の免許も取るために週3回、学校に通っている。
 最近は、実家に帰るとお母さんに最新のカット技術や美容関係の新しい機械のアドバイスができるようになった。
 生前、真広兄ちゃんは「親孝行がしたい」と口癖のように言っていたよね。僕にどこまでできるか分からないけれど、後は任せて。だから、ゆっくり休んでほしい。真広兄ちゃんは本当に自慢の兄ちゃんだったよ。