4月のよき日の今日は、花見しかない! そう決め込んだいやすこ2人は、何はさておきお花見弁当を目指した。仙台市営バスの北中山・西中山方面行きに乗り、川平小学校前で下車。トコトコ歩けば、目指すお弁当とお総菜の店「はやま川平 KESERA」(仙台市青葉区川平)はすぐそこだ。

 平日10時というのに、お店には車で乗りつけるシルバー層の人たち、小さな子ども連れのママや主婦が次々とやってくる。ショーケースにはさまざまなお総菜、ピカピカ海苔(のり)のおにぎりたち、そしてお弁当も。
 見入っていると、「今、オリジナルのお弁当作りが終わったところなので、裏へどうぞ」と招かれ、2人は調理室脇の部屋へ。そこでは、代表の渡辺望さん(45)がにこにこと待っていてくれた。 
 望さんは2代目で、お母さんの真澄さんが初代。以前は会社勤めをしていたというお母さんは、お店が持ちたくておにぎり屋さんで働き、川平団地が造成された40年ほど前におにぎりと餅の店をここに構えたそうだ。
 豊かな食づくりの環境で育った望さんは、辻調理師専門学校のフランス校でフランス料理を3年学び、東京のホテルでの3年の修業を経て、さらにイタリアへ。「いずれ仙台に帰るつもりだったので、フランス料理より素材を生かすイタリア料理を改めて学びたいと思ったんです」。ナポリ近くのソレントという美しい海辺の町で3年間、イタリア料理に励んだ。
 帰国後、東京のイタリア料理の鉄人の店で腕を磨くこと3年、そして仙台へ。望さんがこの店に入ったのが15年前で、そこからお総菜やお弁当、ケータリングも加わったそう。日本の母の味と、イタリアのママンの味がここで出会ったというわけだ。「最初はいろいろありましたけど、今ではもう」とお母さんの真澄さんもにこやかに笑う。地場産の旬の素材を生かすことも、手間ひまかけた手作りも、おいしいものの基本は洋の東西を問わない。

 目の前には、朝4時に起きて心をこめて作られたお花見弁当。「普段、店頭で販売しているのはおにぎり弁当ですが、目的に応じて各種お弁当を作っています」と望さん。この時期、町内会や子ども会の行事、会社の会合のための注文も多いという。
 待ちきれず、お弁当のふたを開ければ、九つに仕切られた箱の中にはごちそう花盛りの景色。二つの品が入った仕切りもあって、全部でなんと11品も! 契約農家のササニシキで作られたごはんものだけでも、太巻き、ちらしずし、白ご飯の3種類。おかずは筑前煮、ナス田楽といった和風の一方で、キッシュ、ムール貝のオーロラ煮など洋風も入り、さらに道明寺(桜餅)もさん然と輝く。和と洋が居心地よさそうに並び、「おいしいよ」と語り掛けてくるようだ。
 「浮き浮き気分がさらに増すね」と、2人はお花見弁当を手に次なる目的地である満開の桜の下へ。改めて味わえば、おいしさにうっとり、優しい味にうっとり。花よりお弁当のいやすこである。

◎武士から庶民層に広がる

 花見の由来は、昔、桜は稲の神が宿る木とされ、春になると山から下りてこられた神さまを料理と酒でもてなし、人も一緒にいただくという、農作業の神さまを迎える行事だったと伝わる。
 平安時代になると、貴族が桜の美しさを歌に詠んだり、宴を催したりする「観桜の行事」が開かれるようになる。その行事は鎌倉・室町時代には武士階級に広がり、庶民には江戸時代中期に広がった。
 人々はごちそうの入った花見弁当を持って行くようになったが、その中身は、ふくさずしやわらびやたけのこの煮しめなど。また、持ち運びのために重箱、とくり、杯、取り皿、箸など一式が収まる「さげ重」という道具もあった。
仙台でも江戸時代中期、1730~60年ごろの制作とされる躑躅(つつじ)ケ岡花見図屏風(びょうぶ)には、桜の名所に桜を愛(め)でるために参集した人々が、幔幕(まんまく)を張って緋毛氈(ひもうせん)を敷き、野弁当を並べる様子や、孫に団子を買い与える祖父母、出店で茶菓子を楽しむ武士の姿が描かれている。
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 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。