対人関係の悪化、ドメスティックバイオレンス(DV)、孤独死…。東日本大震災の被災地で懸念されるアルコール依存症は、自らのつらい境遇や将来の不安にさいなまれる被災者を一層窮地に追い込む。いったんのめりこむと依存を断ち切るのは容易ではなく、問題の根は深い。

 「自分ではどうすることもできなかった」。宮城県石巻市内の仮設住宅で暮らすアルバイト男性(60)は酒浸りになった日々を振り返る。

 東北会病院(仙台市青葉区)に8月から3カ月入院し、先日退院したばかり。52歳の時にアルコール依存症で入院した経験があるが、それ以降は断酒会に入って酒と縁を切っていた。眠っていた病を呼び覚ましたのは、震災による生活の激変だった。

 妻と暮らしていた家は津波で全壊。避難所では運営を率先して手伝うなど気が張っていたが、5月に仮設住宅に入居してからは「ぽつんと置かれたような気がした」と男性。アルバイトが休みの日はすることもない。周囲に知る人もほとんどいない環境に、息苦しさを感じるようになった。

 仮設を出た後の生活に悩み、不安で眠ることもできない。ある夜、妻の目を盗んでコンビニエンスストアに走り、缶ビールを一気に飲んだ。最初の夜は1本だったが、酒が切れるのが徐々に怖くなり、本数が増えていった。そのうち日中から飲みだし、カップ入りの焼酎を10本以上飲んだ。

 意識がもうろうとした状態で自転車に乗って転倒、救急車で運ばれるという事故を2回起こした。最後は自分で精神科病院に助けを求めた。

 「今も不安だ。いつかまた繰り返すのではないかと…」と男性は言う。

 やはり津波で家を失った東松島市の40代男性も、依存症の苦しみにあえいだ。もともと酒が好きで、震災前から酒量に注意していた。しかし、妻子と入った避難所でストレスをため込んだ。人付き合いが苦手な男性は集団生活になじめず、車にこもり酒を飲むようになった。酔って妻子に暴力を振るい、妻が警察に相談する事態に発展した。

 アルコール依存症はそもそも本人が症状を自覚していない場合も多い。知らず知らずの間に周囲との人間関係が壊れ、孤立していく。支える家族の疲弊も深刻で、専門機関などに相談せずに問題を抱え込む傾向がある。一人暮らしの場合は最悪、誰にも気付かれないまま孤独死してしまう。

 東北会病院の石川達院長は「東北地方にはアルコールに寛容な文化があり、飲酒に絡む問題を『個人の意思の問題』ととらえがち。西日本などに比べて治療する専門病院も圧倒的に少ない」と指摘する。

 精神科医や臨床心理士らでつくる一般社団法人「震災こころのケア・ネットワークみやぎ」(仙台市青葉区)は石巻市内の仮設住宅を訪問し、入居者の精神面をサポートしている。原敬造代表理事(精神科医)は「被災者の様子の変化を読み取り、問題の芽を摘んでいかなければならない。医療関係者の支援はもちろん、住民同士が日ごろから見守り合う態勢が重要だ」と話す。=2011年11月17日河北新報
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  東日本大震災の直後から、被災地で暮らす市民の課題を取り上げた河北新報連載「焦点」。震災7年の節目に、発生翌年までの主な記事をまとめました。
=肩書や年齢は掲載当時のものです。=