消防庁防災アドバイザー(宮城県)登録者の吉田亮一さん(57)=仙台市太白区茂庭台5丁目=は、避難生活を送る被災者が疲れにくいよう配慮した避難所の「区割り」の必要性を説く。東日本大震災の経験を踏まえ、従来型の避難所の改善を訴える。

 吉田さんがホワイトボードに体育館の平面図を描く。ステージから真っすぐ縦に引いた太い通路から左右に数本、真横に伸びる細い引き込み線を書き入れた。

 引き込み線に沿い、避難者が暮らす空間を張り付けていく。居住空間の一端は体育館の壁に接する。ここは疲れた人が壁を背もたれにして休む場所になる。

 壁から太い通路へと広がる居住空間は、通路を海に見立てると半島のようだ。

 発案した吉田さんは「この区割りを全国に広めようと活動を続けています」と力説。賛同し活動を後押しする震災当時の茂庭台中校長で宮城野区高砂市民センター館長の八柳善隆さん(61)が、そばでうなずく。

 半島型の区割りは、震災で避難所を運営した際の問題意識が出発点となった。

 吉田さんら震災前の茂庭台5丁目町内会役員は、2006年に防災組織を作り対策に力を入れてきた。備えは奏功し、「3・11」では茂庭台中の武道場にいち早く避難所を設けた。日頃の心構えを生かせた。

 それでも「反省点があった」と振り返る。避難所の開設自体はスムーズだったが、避難してきた被災者が日に日に疲弊していくのを目の当たりにした。

 疲れの原因は何か。たどり着いた答えが区割りだった。多くの避難所は床に段ボールを敷いた「島」を居住スペースとしていた。「これでは四方に人通りが絶えず、避難者の気が休まらない」

 そう気付いて考えた区割りが半島型だった。「比較的人通りがあるのは太い通路に面した半島の先端部。奥の方にいる居住者は気疲れしにくい。引き込み線に入る人も居住者にほぼ限定されるので、防犯対策にもなる」と解説する。

 吉田さんは地元で保育園を営む傍ら、避難所の開設手順などを説く講演を続ける。防災アドバイザーには09年から毎年登録している。講演は震災後の11年5月からことし6月末まで、宮城、山形、福島の3県を含む15都府県で計130回開いた。受講者数は間もなく2万人を超える。

 最近は西日本の自治体などからも講演依頼が増えている。「防災対策に終わりはない」。自らに言い聞かせ、改善点を常に模索する。(武田俊郎)

(2015年08月29日朝刊掲載)