湯けむり行脚 池内紀 著

 1980年代以降、日本の温泉街は大きく様変わりした。観光地の旅館が大型化されて団体客が押し寄せ、景気悪化によって個性のない施設は整理された。
 「自分たちの流儀を崩さなかったところが荒波をくぐり抜け、持ちこたえている」。こう強調するドイツ文学者でエッセイストの著者が、昔ながらの風情を残す全国の温泉宿を訪ね歩き、随想集をまとめた。
 旅をした季節ごとに計86編を収めた。花巻市の鉛温泉・白猿の湯は階段を下りて地底のような場所にあり、天井から澄んだ光が降る。「異次元に降り立った感覚」を堪能する。
 宮城県川崎町の峩々温泉では胃腸病に効能があるという湯に浸り、客の世間話に耳を傾ける。弘前市の嶽温泉では恐ろしく遅いエレベーターで高齢女性と一緒になる。津軽弁で「アップル道路」の自慢をされ、一期一会の出会いを楽しむ。
 館内でスリッパ履きを強制せず素足で歩ける宿(二本松市・岳温泉)や、家族経営で料理などに細かい配慮が行き届いている宿(福島県柳津町・西山温泉)に満足感を漂わせる。
 著者は同年代の仲間3人で「湯泉(ゆぜん)会」を結成。新潟県湯沢町の赤湯温泉へ山道を2時間歩いて向かう。V字形の谷底にある露天風呂でくつろいでいると、近くで遭難事故が発生。3人は半裸のままヘリコプターによる救助活動を目撃する。
 著者は1940年兵庫県生まれ。90年代、雑誌に載せた随想に加え、既刊「ガラメキ温泉探検記」などの文を再掲した。地元出身の作家らと温泉の関係を織り交ぜ、旅情をかき立てる。
 山川出版社03(3293)8131=1944円。