歌集「梨の花」 小池光 著

 宮城県柴田町出身、埼玉県在住で仙台文学館館長を務める歌人の第10歌集。67~70歳だった2014~17年の作品563首を収めた。何げない日常風景を切り取る鋭い観察眼や機知を感じさせる「短歌職人」が古希を迎えるまでの日々で思索を深め、味わい深い詠みぶりは円熟の域に達した。

 今歌集の軸を相撲に不可欠な「心」「技」「体」とすれば、序盤は「技」が際立つ。<息つめて引き抜きにけりしろがねのかがやきもてる鼻毛いつぽん>。あえて鼻毛を抜く単純な場面を歌にして読み手の解明を期待しつつ、言葉を巧みに操って戯画化している。相撲なら「息つめて」は仕切り前の緊迫感、「引き抜きにけり」は一気の立ち会いと勝負。痛い思いをして得た一本の鼻毛は「しろがね」の輝きを放ち、老いの象徴というより、誇らしげに掲げる人生の勲章のようなおかしみがある。

 妻に先立たれ、友人らを亡くす中で、「心」の揺れを表す歌も多い。<いなづまの遠くひらめく夜を帰るこの世を去りしだれかれ思(も)ひて>。稲妻の閃光(せんこう)ははかない人の命のともしびか、それとも作者の脳裏に思い出の一片を映し出す明かりか。<黒雲のしたに梨の花咲きてをりいまだにつづく昭和の如く>。時代が変わっても素朴な白い花を咲かせる梨の花に懐かしさを覚え、<わが希(ねが)ひすなはち言へば小津安の映画のやうな歌つくりたし>と昭和の名監督小津安二郎を追慕する。

 終盤には人間の実像としての「体」を感じさせる作品が並ぶ。<おもしろき事を語らぬひとの歌おもしろからず歌は人にて>。歌は面白くなければならないと、忖度(そんたく)せずにきっぱり主張する。古希を機にどこか解き放たれたかのように、個人的な嗜好(しこう)や身辺事情、思い出の数々を時に寂しく時に愉快に、時代を行き来しながら詠む。

 現代短歌社03(6903)1400=3300円。