円谷幸吉命の手紙 松下茂典 著

 須賀川市出身で、1964年東京五輪マラソン銅メダリストの円谷幸吉の自殺の真相に迫るルポ。筆まめだった円谷が関係者に残した膨大な手紙と肉親や友人らの証言を基に、次期メキシコ大会開催年の68年1月8日、27歳でこの世を去った背景事情を洗い出す。

 円谷は5歳だった45年、犬の散歩中に転んで腰を打ち、腰骨がずれるけがを負う。ルポはまず、この古傷が持病となり、ランナー人生を脅かしていく経緯をたどる。東京五輪前からジョギングがやっとで、はり・きゅうやマッサージを施していた円谷。五輪後も表彰ラッシュの過密スケジュールの中、駅伝を3区間も走るなどし、次第に体がむしばまれていく。アキレス腱(けん)を痛め、椎間板ヘルニアも患い、メキシコ五輪前年3月のマラソンが最後となる。

 筆者は、円谷の手紙はアキレス腱断裂後、自分自身に暗示を掛けるかのような文脈が目立つようになると指摘。67年7月の友人への手紙では、10日前に断裂したばかりなのに2カ月後の大会を目標に励むと記載。別の文面でも、「見違えるくらい元気」と書く一方で「見通し暗いです」と振り子のようにぶれる。

 東京五輪後の記者会見で「さらなる高みを目指す」と述べたことで追い込まれていく心情。所属する自衛隊体育学校の恩師である教官と校長が対立し、恩師が異動させられてしまったことによる苦悩。恋人とされた女性との別れも描かれ、さまざまな要素がメダリストを瀬戸際に追いやったことを浮かび上がらせる。

 須賀川市の実家で過ごした最後の年末年始や、東京に戻ってからの日々も丹念に追ったラストは詳細で、結末が分かっていても読ませる。「父上様 母上様 三日とろろ美味しうございました」で有名な遺書が続き、胸を打つ。

 著者は金沢市出身のノンフィクションライターで、スポーツ関係の著作が多数ある。

 文芸春秋03(3265)1211=1540円。