評伝 吉野せい メロスの群れ 小沢美智恵 著

 「これは怖(おそ)ろしい文学である」。いわき市の開拓農民だった吉野せい(1899~1977年)が、70歳を過ぎてから筆を取った短編集「洟(はな)をたらした神」で75年に大宅壮一ノンフィクション賞と田村俊子賞を受賞した際、親交があった詩人草野心平は、農民小説やノンフィクションの様式を超越した文学性をたたえた。学生時代に同書に出合い、読むたびに心の底を深く刺し貫かれたという著者が、血と汗を絞るような開墾の日々を美しい物語に昇華させた、せいの神髄に迫った。

 せいの文学的出発は17歳の頃に始まった。零落した網元の家に育ち、苦学して難関の準教員資格試験に合格した。福島県内で最年少、女性ではただ一人だった。合格すると、地元の新聞に投稿を始めた。その才能は、当時日本聖公会の伝道師としていわき市に赴任していた詩人山村暮鳥に認められたが、22歳で農民詩人の三野混沌と結婚。阿武隈山系の菊竹山に移り住み、生涯の大半を農作業と子育てに費やさざるを得なかった。

 幼い娘を亡くすほど貧窮した暮らしと創作欲求のはざまで、せいは葛藤し、生活力のない夫との確執に苦しんだ。だが、夫の死後、自伝的作品を書いたせいは、混沌との争いについて具体的なことは書かなかった。「怒(ど)を放し恕(じょ)を握ろう」と、せいが記した言葉には、人生を生ききり、書くことによって内面の葛藤と折り合いをつけた安らかな境地がうかがえる。著者は、この言葉こそ、彼女の文学を考える鍵ではないかと考えている。

 著者は1954年茨城県生まれの作家。小説「妹たち」で第1回川又新人文学賞(93年)、作家の原民喜の評伝「嘆きよ、僕をつらぬけ」で第2回蓮如賞優秀賞(95年)、小説「冬の陽に」で第49回千葉文学賞(2006年)を受賞した。

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