宮沢賢治論 中村稔 著

 「私たちは『雨ニモマケズ』を決定的に誤って読んできたのではないか」。宮沢賢治研究の第一人者がふとした気付きをきっかけに全集を読み返し、再考して著した。ファンタジックで繊細、かつ難解な賢治の世界観に鋭いメスを入れ、新たな解釈や評価を加えた論考だ。

 著者の評価は手厳しい。賢治の代表作「雨ニモマケズ」は、「順序関係なく、願望を思い付くまま書き連ねた作品」と指摘。最後の「ミンナニデクノボートヨバレ」という一節を取り上げ、賢治はデクノボーに集約されるような一つの理想像を求めていたわけではないと主張する。

 <慾(ヨク)ハナク/決シテ瞋(イカ)ラズ/イツモシヅカニワラッテヰル>に表される欲のない清らかな性格はデクノボーとはほど遠い。現実の賢治は正義感の強さゆえに怒りやすく、高潔な人格を願望していたと察する。

 また<一日ニ玄米四合ト/味噌(みそ)ト少シノ野菜ヲタベ>の2行は前後の文脈が合わず、<南ニ死ニサウナ人アレバ/行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ>は死を恐れる賢治の思想にそぐわない。著者は脳裏に浮かんだ願望を次々と並べ立てたためと強調する。

 他にも詩集「春と修羅」は「他者不在であり、退屈で感銘を与えない」。童話「銀河鉄道の夜」は「童話というジャンルを超えられず、成人のための卓抜な文学作品と比べて貧しい」と辛辣(しんらつ)な評価が続く。

 一方で、丹念に丹念を重ねた、半ば執念じみた考察には驚愕(きょうがく)と畏怖の念を禁じ得ない。「春と修羅」中にある、病床に伏した妹への思いをつづった「恋と病熱」。近親相姦(そうかん)に陥りかねない妹への恋愛感情を抱く自分を「修羅」と表現した賢治の苦悩を論理的に解き明かしている。

 著者は1927年生まれの弁護士、詩人。長年蓄積された賢治愛が結晶となった一冊。(江)

 青土社03(3291)9831=2420円。