来年は東京五輪・パラリンピックが開催される。これまで以上に多くの外国人が日本を訪れる。そして、数年後には外国籍の人と一緒に働くことが当たり前になるかもしれない。その人たちと上手に付き合うにはどうしたらいいのだろう。

 ラグビー・ワールドカップ(W杯)では、会場などで出場国の国歌を歌うことが広がった。そういう日本の「おもてなし」精神はすてきだ。しかし隣人として理解し合うためには、気持ちだけでは足りないだろう。だからといって「とりあえず英語を」というのも少し違うような気がする。

 日本人は外国語が下手なわけではない。必要と機会がなかっただけだと思う。昔々、中国に渡った弘法大師は、筆談だけで暮らせただろうか。江戸時代の出島や横浜の人だって、手まねだけでは不十分だったと思う。これからは私たちの生活の中に、どんどん世界が入り込んでくるのだろう。理解し合うためには、コミュニケーションが大切だ。見た目や習慣が違っても、相手のことを理解したい。こちらのことも分かってほしい。言葉はそれを助けてくれる道具だ。外国語の習得は、便利な道具を増やすということだ。

 実は「声が通らない」という劣等感があって、話し方講座に通っている。そこで気付かされたのは「声が通らない」のではなく「話し方が下手」だったことだ。きちんとした話し方で、きちんとした内容を、聴く人のことを考えて話すことを学んだ。

 ヒトは1歳ころから言葉を話し始める。新生児を「万国語の話者」と表現した人がいる。どんなに難しいといわれている言語でも、その言語環境にいれば母語として獲得できるということだ。身についた母語が正確なら筋道が通った思考ができ、語彙(ごい)が豊富なら表現が豊かになるだろう。

 隣人をよく知り、何かを伝え、できれば仲良くなりたい。そのために、自分の中に、伝えたい「何か」を豊かに持っていたい。それを伝えるために、母語である日本語を正しく使えるようになろうと、いつも思っている。
(病理医)