陸前高田市の浅沼ミキ子さん(56)は、市内に昨年9月に開館した岩手県東日本大震災津波伝承館を訪れたことがない。

 「津波を連想させるものはとにかく避けたい。どんなに苦しかっただろう、なんて思うともう駄目」。孫がストローで水をブクブクさせるのも嫌だ。

 浅沼さんは、市の嘱託職員だった長男健(たける)さん=当時(25)=を亡くした。地震後、健さんは市民会館に避難。巨大津波は、市指定避難所だった建物を市街地ごと襲った。

 陸前高田市では、関連死48人も含め県内最多の1559人が死亡、202人が行方不明になった。犠牲者は当時の人口の約7.3%に上り、市民の脳裏に生々しい記憶が残る。

 「悔しい思いを二度と繰り返してほしくない」。浅沼さんは震災後、絵本を出版し、高台避難の大切さを訴えるようになった。念願の避難路が完成した昨年、有志で教訓を刻んだ記念碑を建て、避難の目印にとハナミズキを植えた。

 「伝承館は、震災を経験した人が行く場所ではないと思う」と浅沼さんは言う。気掛かりは一緒に暮らす2人の孫たち。2歳9カ月と生後半年で、ともに震災後に生まれた。「話だけでは、なかなか伝わらないかも…」とも思う。

 津波の映像や激しく変形した消防車両。震災当時ゼロ歳だった子どもたちが伝承館を訪れ、津波の威力に圧倒されていた。

 震災で被災した大船渡市赤崎小の4年生26人が6月18日、初めて訪れた。「何があったのか、事実を知らなければ危機意識を持てない」。担任の徳山ほのか教諭(58)には、前任地の陸前高田市気仙小での手応えがあった。

 気仙小は昨年11月と今年1月、伝承館を訪れた。6年生たちから「また行きたい」と声が上がり、2度目は4年生も同行した。

 子どもたちは津波避難の教訓だけでなく、全国からの救援、復興の歩みにも触れた。館内のパネルに「逃げようね」「未来を作っていこう」とメッセージを書き込んだ。

 気仙小の学区は津波で甚大な被害を受けた。校舎が全壊し、新校舎は昨年1月に完成したばかり。児童の心情にも配慮し、震災にはあまり触れてこなかったという。

 児童に先立ち、伝承館を3度訪れた前校長の金野美恵子さん(59)=現高田小校長=は、震災で父高橋恒一さん=当時(77)=と母房子さん=同(74)=を亡くした。

 一人では津波の映像を見られなかったという金野さん。校長として「悲しみを受け止めつつ、一緒に進んでいかなければ」と児童の見学にゴーサインを出した。

 「被災地の子どもたちにとって、震災を知らずに過ごす方が不自然。被害の大きさや被災後の生き方、知恵を学ぶことは何かあったときの踏ん張る力になる」

 子どもたちが真剣に学ぶ姿を見て、金野さんの思いは確信に変わりつつある。